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Book Review

これから論文を書く若者のために

酒井 聡樹著

書誌情報は著者自身による 本書の紹介ページ をご覧ください.

2002-07-01


「これから論文を書く若者のために」は, 論文書きのハウツー本のように見える.たしかにそうだ. 投稿する雑誌の選び方やタイトルの決め方から始まって, イントロダクションや考察の書き方,そして投稿後の編集者との やりとりまで含めて具体的な指針が分かりやすく書かれている.

しかし,本書は「これから研究をする若者のため」 の本でもある. 著者は,タイトルでは内容を要約し,書き手のねらいをわからせろと言う. また,イントロダクションでは,何をやるのか,どうしてやるのかを明確に書けと 言う. これを実践するには,研究をはじめるときから,ねらいをしっかり 把握していなければいけない. だが,考えてみると,ねらいをはっきりと意識しながら研究を進めるのは あまりに当然のことである. ただ漫然とデータを取り,ずいぶんデータも貯まったから論文でも書くかという 姿勢では,そもそも迫力のある研究はできないし, 迫力のある論文が書けるはずもない.

これから研究をはじめる若者は,論文を書きはじめる直前に対策本として 手にとるのではなく, 最終的なゴールである論文をどのように書かねばならないかを知って研究を進める ために,すぐにも本書を通読するのがよい.


本書は,「論文を書く前に」「論文書きの歌:執筆開始から掲載決定まで」 「わかりやすく,面白い論文を書こう」の3部からなる.

中心部分である第二部は,アルプス1万尺の替え歌である 「論文書きの歌」 にそって進む.1番から18番までの歌詞は,論文書きの要点を簡明に 整理したものである (※ヒネリやウイットや情緒や詩情はまったくないので, 声に出して歌うのは避けたほうがよい).

著者の専門は生物学の一分野である生態学であり, 本書では生態学の論文の例もとりあげられている. しかし,中心となる素材は 「なぜ,ベガルタ仙台は強いのか:勝利を呼ぶ牛タン定食仮説の検証」 という架空の論文である. 著者が応援するJ1のクラブ,ベガルタ仙台の強さの秘密は牛タン定食だ という仮説を,食事内容の操作実験まで行って検証した研究をまとめた 論文だ.

この一見ふざけた論文は,単なる著者の遊び心の発露ではない. 「牛タン定食」論文は本書を普遍的なものにするうえで大きな功績がある.

まず,生態学を知らない読者でも読みやすい.生態学の論文の例は, 専門家でなくても分かるように噛みくだいて説明されているが, それでもめんどうなら読み飛ばしてしまってもよい. 「牛タン定食」論文の例だけを追っていけば十分である. 著者のサービス精神が感じられる.

また,架空の論文を題材にすることで,研究内容や分野にかかわらず 論文書きの本質はおなじだよ,という強いメッセージを発信している. それはそうだ.中身が分からないタイトルが推奨される研究分野が あるはずはないし,分かりにくい図が歓迎される分野もない.


よい論文を当たり前のように書いている研究者は, この本に書かれているのはみな当たり前のことだと言うかも知れない. しかし,多くの若手研究者にとってはちっとも当たり前の内容ではない. よい論文を書くためのポイントを楽しく学べる本書は 非凡な入門書である.

また,自分は当たり前のようによい論文を書けると思っている人が読んでも 損はない.著者自身,本書の執筆するなかで,それまで漠然と感じていたこと をきちんと整理して理解できることもあったという.

そしてなにより,本書は論文を書く勇気を与えてくれる. 論文を書く手がこのところ止ってしまっていると思ったら, 本書を手にとり,第一章「なぜ論文を書くのか」を読み返すことにしよう.


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