数日前の夜、ライトを持って庭の畑に出て、いつのまにか何者かに野菜がかじられているあたり を見てみたら、シュンギクに大きなイモムシがいた。ヨトウガの類の幼虫か (写真)。 日中は土のなかにいて、夜になると地上に出てきて植物をかじるものたちだ。 このほか、葉がよくかじられている九条ネギを見ると、はたして穴をあけてかじっているイモムシがいた。 彼らとしては目の前に食べられるものがあれば食べるのは当然だ。 とはいえ、自分が食べるつもりで育てているこちらとしてはありがたくないので、つまんで捨てる。
ちょっとおっくうな予定とか、片づけなければいけないがめんどうごとがあると、前々から気持ちにひっかかる。 片付くとすっきりするが、そのすっきり感はすぐに忘れてしまう。せいぜい1日ぐらいしかもたない。それはそれで、 気持ちが前に向かっていってよいことではあるが、 事前のストレスと事後の解放感とが釣り合わない気がする。 バランスをとるには、事前に無駄に心配しないか、事後に繰り返し解放感を噛みしめるかだ。 前者のほうがよさそうだ。
庭の畑の島ラッキョウが花盛りで、虫たちにも人気だ (写真)。 セイヨウミツバチ、チャバネセセリのほか、 ウラナミシジミ (写真1、 写真2)、 イチモンジセセリ (写真)、 ツマグロキンバエ (写真)などなど。
いろいろな本を読んで、いろいろなことが頭に入ってくるととても楽しいが、 それらの多くはすぐに消えていく。残念ではあるが、読んだときに楽しいのは確かなので、 それはそれでよしとする。成長しなくてはというプレッシャーがないので、気楽なものだ。 読書に限らず、たいていの日は生きていてよかったと思う楽しさがある。 そんな日がこれから始まると思うから、朝もだいたい気分がよい。 その気分を下手な短歌にしてみた。
生きていてよかったと思う1日が始まる朝のコーヒータイム
きのうは木枯らしが吹いた。今日は穏やかな晴天で、撮影日和だ。
オナガガモが、一瞬だけ緑の翼鏡を見せていた (写真)。 すぐに羽を整えて翼鏡は隠れてしまった。
あとは飛ぶ鳥シリーズ。 ヒドリガモが2羽、相前後して飛んでいた (写真)。 コサギも飛ぶ (写真)。 さらにアオサギが飛んできた(写真)。 私の前を通過していく(写真)。 体を起こして減速中(写真)。 そして着水直前。翼を完全に正面にむけてブレーキをかけてから着水する (写真)。
池の端でじっと水面を見るカワセミ (写真)。 獲物をさがしているのだろう。 水に飛び込むところを撮れないかと10分以上カメラを構えて待ったが、 空振りだった。 そうそうこちらの都合に合わせてはくれない。 なんどか身構える様子があったが、すぐに解除。獲物が仕留められるところに来なかったようだ。
公園の池であらたに撮った写真。 カワセミの声がしたので目をやると水面近くを飛んでいた。 そのまま池の端まできて木の枝にとまった (写真)。 しばらくしたらまた飛び立ち、水面すれすれを飛んで (写真)、 池の反対側に行ってしまった。
翼を広げて乾かすカワウ (写真)。 頭部が白くなってきた。婚姻色だ。 カワウのむこうに、ダイサギとアオサギがいた (写真)。 ダイサギを見るのは久しぶりだ。その後、もう少し近くへ飛んできてくれた (写真)。
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