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この文章は, 国立環境研究所 の環境報告書(2008年版)の一部の下書き原稿です.

国環研自然探索:名札をたよりに木に親しむ

研究所の構内にはたくさんの木が育っています.研究所が作られる前から生えていたもの,研究所ができてから植栽したもの,さらにはどこからか種子が飛んできて自然に生えたものまであります.木の名前が分からないと「緑がきれいだねえ」で終わってしまいますが,種類の見分けがつけば散歩もずっと楽しくなるはずです.そのためには植物に詳しい人といっしょに歩いて説明してもらうのが一番なのですが,そんな人がいつも身近にいるとは限りません.そのかわり,昨年度に所内の木々に名札をつけました.89種類,全部で200枚余りです.名札の説明文はすべてオリジナルです.

エゴノキ アセビ クヌギ
木につけた名札.幹に取りつける場合は,成長とともに食い込まないように,伸縮するバネを使う.

名前だけでは味気ないし印象に残りにくいので,ちょっとした特徴を書き加えてみました.「葉の表面はざらざらしていて,木製品やべっこうを磨くのに使われる」(ムクノキ)と書いてあれば葉に触ってみたくなりますし,「葉や枝に樟脳を含み,葉をちぎって嗅ぐと芳香がある」(クスノキ)と読めば試してみたくなります.構内には大きなクスノキが何本もあるので,少々ちぎったところでびくともしません.

クスノキ クスノキ花
本館中庭のクスノキの大木とその葉.このときはちょうど花ざかり.

まぎらわしい種類の見分けのポイントを書いた名札もあります.たとえばコブシは「花びらは6枚で,幅は狭め」ですが,ハクモクレンは「花びらと萼(がく)の区別がなく,9枚の花びらがあるように見える点でコブシとはっきり異なる」し,「肩が張り,先端がちょっと尖ったかたち」の葉をつけます.そのほかにもヒノキとサワラやツバキとサザンカなどの見分けのポイントを書きました.  

コブシ ハクモクレン ハクモクレンの葉
コブシ(左)とハクモクレン(中)の花.右は肩が張ったハクモクレンの葉.

ヒノキ サワラ
ヒノキ(左)とサワラ(右)の枝を裏返えして見たところ.ヒノキには白いYの字が見える

このほか「江戸時代,街道沿いに設けられた一里塚には木陰で休めるようにエノキが植えられた」「三内丸山遺跡の巨大建造物ではクリの材が使われていた」,といった豆知識も書き込みました.「研究所前の西大通りもユリノキ並木」「本館の窓から見下ろすと花がよく見える」(タイサンボク)といった説明はオーダーメイドの名札ならではのものです.

「花はさかりに 月はくまなきをのみ見るものかは」と徒然草にありますが,花が咲いていない時期にも楽しみはいろいろあります.落葉樹の新緑はもちろんのこと,常緑樹でも芽吹きの色は古い葉とは違います.冬芽も種類ごとの特徴がありますし,「サルスベリのようなすべすべとした樹肌が特徴的」なナツツバキのように樹肌にも個性があります.

タブノキ オオバヤシャブシ ナツツバキ
タブノキの芽吹き(左),オオバヤシャブシの冬芽(中),ナツツバキの樹肌(右).

遠くから見た樹形もまたそれぞれです.「円錐形の樹形が美しい」のはメタセコイアです.さらに「この仲間は中生代に繁栄し,数百万年前に絶滅したと思われていたが,1945年に中国で生育が確認され "生きている化石" と呼ばれた」と書かれており,長い進化の歴史に想いを馳せることになります.また「イチョウの仲間は3億年ほど前にあらわれて,たくさんの種類が繁茂していたが,現在は1種類だけが残っている」という説明を読むと,目の前のイチョウが古代からの使者にも見えてきます.

メタセコイア イチョウ
紅葉のころのメタセコイア(左)と,イチョウ(右)

その他,もともと日本に分布している植物と,外から持ち込んだものを区別できるように,日本原産でない種類の名札にはすべて原産地を書きました.そのような意識がないと, 種をまいて一面に咲かせたコスモス(メキシコ原産)を日本の自然だと思ってしまったりします.

身の回りで多様な生き物が暮らしていることを実感できなければ,生物多様性という言葉も抽象的なキーワードに過ぎません.散歩をしながら植物に目を向けることは、生き物の暮らしを感じる第一歩となるでしょう.木の名札が,そんな一歩のお手伝いになればうれしいことです.職員のみならず,環境研を訪れてくださったお客様にも構内の散策を楽しんでいただければ幸いです.


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