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研究者がウェブで語れば皆が楽しい

2001-06-30
updated on 2004-04-07

読み手にも書き手にもひろがる世界

便利な世の中になったもので,なにか知りたいことがあったらまずネットで 検索してみると,たちまちにして必要な情報が得られたり, そうではなくてもなんらかの手がかりが見つかったりします. つい先日も,人間ドックで「ひょっとして緑内障の可能性がある」 と言われてまずやったことは,「緑内障」をキーワードにして Google で検索してみることでした. はたして, 日本眼科医会 目の健康情報 など,いくつもの参考になるページがみつかりました. (なお,眼科医での検査の結果,緑内障の心配はないことが分かりました)

利用者から見て情報へのアクセスが容易になったということは, 情報の提供者の側から考えると人に見てもらいやすくなったということです. ネット上で公開されている情報のなかでも,これは役に立つ,おもしろい, というものは人から人へと伝えられ,他の人のページからもリンクされ, ますます読まれるようになります.研究者のページのなかでは,たとえば 東北大の酒井さんのページの 「若手研究者のためのお経」 はこうして広まった例でしょう.その後,この「お経」は大きく膨らんで一冊の本 となりました(> その経緯が書かれたページ ).

ところで,自然科学系の研究者が書く論文の多くは英語で書かれて 国際学術雑誌に掲載されます. 国際的というといかにも世界中で読まれているみたいですが, 論文の実際の読者はごく少数の専門家に限られます.有効読者数は ローカルなタウン誌のコラム記事に遠く及ばないかもしれません. これまでに私が英語で書いた論文を読んでくださった人の数よりも, つくば市周辺で配布されている無料情報紙 「常陽リビング」 に私が以前出した求人情報を目にした人のほうが多いに違いありません.

研究者にとって学術論文を書くことの重要性は論を待ちません. けれども,研究成果を非専門家向けに語ったり, あるいはある分野の専門家として深く理解していることがらを解説したり, はたまた研究の過程で思ったこといろいろを書き連ねたりといった文章もまた, 有用だったりおもしろかったりします.専門家にとっては当たり前のことで ありながら,一般の人々には十分認識されていないことは山ほどあります.

直接なにかの役に立たない研究であっても,文化を豊かにしてくれる貴重なものは たくさんあるでしょう.文化の厚みに貢献する研究といってもいいかもしれません. そうしたものも含めて,研究者の活動の成果が非専門家でも読める形で 提供されていたら楽しいです.

これまでは書籍がそうした文章の提供媒体の中心でした. 一般向けの書籍を書くことを非常に得意としている研究者もたくさんいます. けれども,一冊の本を書くにはかなりのエネルギーを必要としますし, だれでもできることではありません. ほんの一章を分担執筆するだけで四苦八苦する私から見ると, 一人で何冊も本を書いている人はひたすら尊敬するばかりです.

その点,ウェブでは文章の長さ(あるいは短さ)に制限はありません. 細切れで少しずつ発信していくことができます. というわけで,私も短い文章やプログラムなどをここで公開しています. また,他の媒体に書いたものもできるだけ転載したりリンクしたりしてます (※紙上で発表した自分の文章をネット上で公開することの法律的考察点については 著作権,リンクのしかたなどのページ を参照 ).


みんなで楽しむために書いてみよう

ネット上で公開した文章が多くの人に読まれ,おもしろがってもらったり, 参考になったと感謝されたりするのはとても楽しいことです. 人の役にたてたという満足感も得られるし,自己顕示欲も満たされます.

「楽しいから」という言う理由は,「研究者として社会にフィードバックする責任」 といったものと矛盾しません.おもしろいから研究し,その成果を公開し宣伝する. それが人の役に立ったりおもしろがってもらったりすれば, 世の中への責任を果たしたことにもなるし,研究者本人も嬉しい. つまりこの文章のタイトル通り「皆が楽しい」.それが一番です.

自分には公開できるような知識はない, 自分が書けるようなことについてはもっと詳しい専門家がいくらもいるなどと思って ウェブページの公開に二の足を踏んでいる人もいるでしょう.でも,研究者が発信する おもしろくてタメになるページは世の中にあふれているでしょうか? そんなことはありません. あることについてのおもしろいページが公開されるには, 「そのことについて知識がある人が」「その知識を分かりやすく表現し」 「ウェブに載せて公開する」という3つのステップが必要です. いくら知識がある人がいても,それをわかりやすく表現して公開する気がなければ なにも生まれてきません. 知識の深さではトップではないけれど,サービス精神は十分あるとと思ったら, ためらわずに文章を書いて公開してみてはどうでしょうか.

もちろん,一般向けの文章を書くことが好きな人と嫌いな人はいるでしょうし, 得意,不得意もあるでしょう.いやいや書いた文章がおもしろいはずもないので, 皆が無理して書いてもしょうがない.でも,まだまだ研究者の潜在的な 能力がじゅうぶんに発揮されてはいないように思います.

文章を書いて対価を得て暮らしている人にとっては,ウェブで文章を 無料公開することは八百屋が野菜を無料配布するようなもので, 収入の道を放棄することになってしまいます (売るための文章と無料公開用文章と両方書いている書き手もいるようですが). けれども,研究を職業としている人の多くは給与生活者です. 文章をネット上で公開しても収入の道を放棄することにはなりません. また,いまだ給料をもらえる立場にない若い研究者にとって, 自分のウェブページを持つことは宣伝のための無料試供品としても有効でしょう. 研究内容の宣伝,宣伝能力の宣伝,そして人となりの宣伝になります.

いっぽう,読んで楽しませてもらった側が感想などをメールで送れば, 書き手は大いに励まされ,もっと書こうという元気も湧いてきます. また,自分のページを持っているならばそこからリンクを張って,宣伝という形で 謝意を表すことができます. これはリンクを辿る人を増やすという直接的な効果があるだけでなく, 他ページからのリンクの数をページの評価基準に取り入れている 検索エンジンでの表示順位を上げることにもなります. これはおもしろいとか,これは勉強になったというページには, どんどんリンクを張りましょう.

科学の世界では,人々の知的作業の成果を共有して,みんなの役に立てたり 楽しんだりすることを是とします. 研究者がもっともっとウェブで語って,書き手も読み手も楽しむ関係が広がって いったら嬉しいです. 多くの研究者がサービス精神と自己顕示欲を発揮して, 単なる業績リストだけのサイトではない,勉強になる楽しい文章が読めるページが どんどん増えることを願っています.


関連文書

※ 分析化学が専門の 津村ゆかりさんのページ にある 個人ページの公開法について には充実した文章群が掲載されています. ページ作製の方針,ページ作りに至った経緯,ページ作りのためにどんな勉強をしたか, さらには研究者が個人のページを作るにあたって気になるだろうことや, 考えるべきことなどが書かれています. これから自分のページを作ってみようかと考えている研究者には, 得るところが多々あるでしょう.

ACADEMIC RESOURCE GUIDE を運営する岡本真さんは, 人々の網の目 - Web of People - という試みを行っています.これは,

(前略)知的活動とその成果の公開を促進するには、発信者への相応の動機づけが重要だと考えるようになってきた。 つまり知的活動を行い、その成果を発信することが、自分に、あるいは他者に何らかの形でプラスになっていると発信者本人が思えるようになら なければいけない。そのようなモチベーションは、多くの場合、他者からの評価によってもたらされる。
という認識にもとづいて,「インターネットにおける個人の学術的な発信を 紹介すること」を目指したページです.


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