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森にいろんな種類の木がはえているのはなぜか

同じ資源を使う多種が共存するメカニズムの調べ方

updated on 2004-02-18


要約

森には多種の木々が生えている.どの種類の木もみな光と水と栄養塩が欲しい. しかし,同じ資源に依存している多種が共存しているのはとても不思議である. 最強の一種だけになってしまわないのはなぜか, これまでさまざまな仮説が考えられてきたが,いまだ決着はついていない. 森林に限らず,多種の共存の仕組みの研究は

  1. どんな条件のもとで共存が可能になるかという理屈を考える
  2. どんな条件のもとでどれだけの種が共存しているかなどのパターンを調べる
  3. 個々の種の個体群の増減にかかわるプロセスを調べる
の3つに整理できる.理屈・パターン・プロセスの研究が一体となってはじめて 共存の仕組みの理解は深まる. 私は現在,森林を対象に,この3つのアプローチそれぞれに沿った研究を進めている.

はじめに:いろんな種類の木が生えている不思議

たとえば森の木々は,みな光と水と栄養塩に依存して生きています. 光を得るには空間に枝をのばして葉を茂らせます. 水や栄養塩は土のなかに根をのばして吸いあげます. なん本もの木がならんで生えていれば,光や水,栄養塩をめぐって競争がおこります. これらの資源をたくさん獲得できた木はそれだけよく成長してたくさん種子をつけ, 子孫もたくさん残せます. もし,木の種類によって少しでも競争力に差があったら,世代をかさねるごとに 強いものの個体数がふえていき,やがて弱者は完全にいなくなってしまいそうです.

ところが,熱帯の森には数百種からそれ以上もの木々がいっしょに生えています. 温帯でも数十から百種類以上の木を見ることができます. これは,じつはとても不思議なことです. なぜこんなに多くの種類がいっしょに生きているのか. なぜ一番強い一種類だけの林にならないのか.

森の木々にかぎらず,水中の植物プランクトンとか,場所をめぐって競争している磯の 固着性の生き物など,おなじ資源を使っているように見える生き物が同じ場所になん種類も いっしょにいるという不思議な状況はあちこちで見られます. そんなことがどうして可能なのか,生態学者はむかしから頭をひねり, いろいろな仮説が提案されてきました. それらはひとつが正解でほかが間違いというものではないし,またすべての生態系での 共存がひとつの理屈で説明がつくというものでもないようです. いくつものメカニズムが同時に関係していて,どのメカニズムがどのぐらい重要かは 時と場合によりさまざまなのでしょう.

私は,とくに森で多くの種類の木々が共存している仕組みを理解したいと考えて 研究を進めつつあります.では,いったい何をどう調べたら仕組みが理解できるのでしょうか. 見つけるべき物質だのプロセスだのがはっきりしてて,それを発見したらすべて解決という たぐいの問題ではありません. アプローチのしかたが問われる問題です.

そこで,まずは考えられる研究方法を整理してみることにしました. さまざまな研究方法は,大きく3つに分けられるようです. 理屈の研究,パターンの研究,そしてプロセスの研究です. 以下では,それぞれの研究方法を簡単に説明してみます.

共存メカニズムの研究のアプローチ

理屈を考える

こういう条件のもとではこのように多種が共存可能になるはずだ, という理屈を考えることは重要なアプローチです. きちんと理屈を考えることなしに, ○○だったらきっとたくさんの種類が共存できるだろうとか, △△が多様性の維持に貢献してるに違いない,と言っているだけではだめです. たとえば, 「生産性が高いところでは,多くの生物量が存在するから,多くの種類がいっしょにいられる」 というような言い方は,生物量の大小とそこで共存可能な種数の大小との関係を示していないから, 理屈になっていません.

多種共存メカニズムについての仮説は,

いう形で提示されます.このような仮説の検証は, という段階を経ることになります.1番目と2番目が正しいということになれば, 自動的に3番目も正しいということになりそうな気もしますが,最初の理屈のなかでは 想定していない要素のために,実際の系では理屈通りにはなってないこともじゅうぶん 考えられるでしょう.

また,いくつかのメカニズムが同時に働いていることもおおいにありそうなことですから, 提示されたメカニズムが相対的にどのぐらい重要なのかまで示せれば完璧です. ですが,これは方法論的になかなか容易なことではありません.

理屈の提示には,いくつかの形があります.

などです.

森の木々の場合,これまでに提示されたおもな仮説には などがあります.

パターンを調べる

多種の共存は,ひとつの種が示す現象ではありません.複数の種からなりたつ系の性質です. 系のなかにどんな種類の生き物がそれぞれどれだけいるのかを知ることは, 共存の仕組みの研究の出発点になります. さらに,パターンの把握は共存の理屈を考えるためのとっかかりにもなります. たとえば,なんらかの環境条件と共存種数とのあいだに関係があることが分かれば, 共存の仕組みのヒントになるかもしれません.

さらに,考えた理屈が予想するパターンと現実のパターンとを比較すると, 世の中でほんとにその理屈通りに物ごとが動いているのかをチェックできます. ただし,違うメカニズムから似たようなパターンが生じることはいくらもあり得ます. 理屈から導かれるパターンが現実と違っていたら「仮説がどこかおかしい」と言えますが, 理屈から導かれるパターンと現実のパターンが似ていても,仮説が正しいとは言えません. 「仮説がおかしいという証拠は得られなかった」と言えるだけです. 理屈から導かれるパターンと現実のパターンとの一致をもって仮説の正しさの保証とするには, ほかのメカニズムではこんなパターンは生じないことを示す必要があります.

森林の木の場合,これまでに知られている有名なパターンには,

などがあります.

プロセスを調べる

複数の種が長期的に共存しているということは, それぞれの種の個体群が絶滅せずに存続しているということです. だから,多種の共存のしくみは個体群の増減にかかわるプロセスのレベルで理解できるはずです.

一般に,生物の個体群の大きさは,死亡,誕生,移入,移出で変化します. ただし一度根をはった植物がよそへ行ってしまったりのこのこと入ってきたりする ことはありませんが,種子の形では行ったり来たりしています.

一本一本の植物の生えたの咲いたの死んだのは直接見ることができます. でも,それを見たからといって,それだけで多種の共存の仕組みが分かるわけではありません. また,それぞれの種類の植物の増減の傾向を見いだしたとしても,それをそのまま 外挿するだけでは,どんどん増えていくかどんどん減っていくか, どちらかの結論しか出てきません.これでも共存の仕組みは分かりません. 短い時間だけ見たら増えてたり減ってたりするものが長いあいだ安定して存在し続けて いるように見える理由こそが知りたいことです.

では,何に注目すればよいのか.個体群の増減にかかわるプロセスが, 他のプロセスや系全体の状態,他の種の状況,環境条件などとどのような関係に あるかを調べれば,共存の仕組みが見えてくるかもしれません. たとえば,個体数が多い種類ほど死亡率が高く,個体数が低い種類では死ににくい ということが分かれば,絶滅や競争排除が起こりにくく,共存が促進されるだろうと考えられます. また,プロセスの時間変動や場所によるばらつきなども重要かもしれません. もちろん,これらが定量的にどのぐらい共存を促進するかは じゅうぶんに理屈で考える必要があります.

私の研究テーマ

だいぶ前,たぶん十数年前から多種が共存する仕組みには興味を持っていましたが, ここ2,3年のあいだに正面から研究テーマとして取り組むことになりました. その内容は,ちょうどうえで整理した3つのアプローチそれぞれに当てはまるものです.

研究テーマ1:理屈 − 鬼の居ぬ間メカニズム

場所とり競争をしている生き物の場合,種ごとに子供の生産量の年変動があると, 多数派が子供を作らない年に少数派は大きく失地挽回し,いちど取った場所は明け渡さない ことによって共存が可能になるという理屈があります.この仕組みを私は勝手に 「鬼の居ぬ間メカニズム」と名づけました. 木がつける種子の量は年によって大きく変動することが多いこと,そして その変動は種内で同調しがちなこと(今年は○○の当たり年だ,というように)などを 考えると,森の木々の共存を説明するとても有望な仮説だと思います.

けれども,もともとこの理屈を考えた人たちは,子供は系全体どこまでも均一に カバーするほど薄く広く散布されるという前提で論理を進めました. 実際はというと,森の木々の種子のほとんどは親木のすぐ近くに落ちます. 鳥や動物に遠くまで運ばれることはあるものの,それは少数です.

現在,種子が親の近くにしか落ちないという現実的な条件でも「鬼の居ぬ間メカニズム」は 機能するかという問題を中心に,シミュレーションモデルを使った研究を進めています. また,そのほかの要因もいろいろ考慮して,「鬼の居ぬ間メカニズム」が働きやすい場合, 働きにくい場合をいろいろ検討しています (> 北大のセミナーで話したときの要旨 ).

また,「鬼の居ぬ間メカニズム」を組み込んだシミュレーションモデルを使って, 環境の傾度(緯度や高さによる気温の変化とか,斜面の上から下への土の湿り具合の変化とか) に沿ってどのように種の分布パターンができてくるか調べています. さらに,環境が変化した時(たとえば全体に温暖化したとき)の植物の分布パターンの 移動のようすを見るための仮想実験もしてます.

研究テーマその2:パターン − 北海道の冷温帯林で

ある林に何種類の木が生えているかだけ分かっても, 多種が共存する仕組みのヒントはほとんど得られません. それぞれの種類の木が何本ずつはえているかまで分かれば手がかりは増えます. さらに,一本一本の木の位置まで分かれば樹種ごとの空間的な分布パターンが分かるし, 高さや幹の太さのデータもあればどの種の親木の下にどの種の子供がいるのかということが 分かります. 環境条件の場所による微妙な違いも分かれば,環境と各樹種の分布との対応も読み取れるでしょう.

情報は多いにこしたことはありませんが,たくさんのデータを集めるには労力がかかります. 一人でできることには限りがありますので,統計的な解析ができないような中途半端な データしか得られないこともままあります.さいわい北海道大学の 苫小牧研究林 には,スタッフのみなさんの汗の結晶ともいうべき毎木調査のデータがあります. 位置情報はかなりあらいグリッドの座標だけですが,一本ごとの樹種とサイズのデータが 記録されています.また,今後も継続して測定される予定のようです. 同研究林の日浦勉さん との共同研究で,多種共存のメカニズムをさぐるという 観点からこのデータを解析することを計画しています.

計画はしていはいるのですが……進んでいません.どういう観点から何を解析すると どういう手掛かりが得られるのか,いかにして有用な情報を取り出すのか. 知恵の絞りどころです.

研究テーマその3:プロセス − 植生復元地で先駆木本樹種を対象に

九州大学は,現在のキャンパスから近日中に新キャンパスへと移転する予定です (> 九州大学移転計画のページ). 新キャンパス予定地は小さな丘を照葉樹林や竹林がおおっていたところで (> 航空写真), いま,造成作業や建設が進んでいます( ライブカメラ).

造成地には,伐採されてなくなる森林の表土をブロック状に配置しているところがあります. これは,表土のなかの埋土種子などから植生を再生しようという狙いです. 計画したのは九州大学の 矢原徹一さんです. 矢原さんに,この場所をフィールドにして多様性の維持メカニズムの研究をしないかと 声をかけてもらい,2003年の秋から調査を始めました.

一般に,森のなかの地面の近くはとても暗い状態です.けれども, 高木が枯れたり倒れたりするとその下は明るくなります.高木が抜けたあとの すきまは林冠ギャップとか単にギャップとか呼ばれます. ギャップの下の地面では,新しい個体が芽生えたり,暗いなかでじっと待っていた 個体がどんどん伸びはじめたりして,しだいにあいた場所をふさいでいきます. ギャップは木々の世代交替の現場です.

九州大学新キャンパスの造成地に並べられた森林表土の1メートル四方のブロック( >写真)は, その一個一個が一種の人工ギャップと見ることができます. 2003年の春に森土を置いたところでは,自然のギャップと同じように, 明るい場所にいちはやく定着する先駆木本樹種が多数芽生えています. よく出てくるのは, カラスザンショウアカメガシワクサギネムノキヌルデ などです.

これらの実生個体を継続して観察し,多種の共存と関係がありそうなプロセスを 解析することを計画しています.すでに50個以上のブロックののべ 2,000個体以上の 芽生えにマークをつけて,観察を 始めています.ブロックごとに数十本から百本以上の芽生えが生えています. おそらく数年のうちに,これらのなかで日陰になって死んでいく敗者と,上に抜き出る勝者とが 決っていくでしょう.そのプロセスを追いながら,

などに注目してデータの解析を進める予定です

まとめ

現実そのものを見ずに理屈だけ研究していても世の中の理解は進みません. また,パターンだけ研究していても理屈の検証は難しいでしょう. 労力と時間をかけた詳細なプロセスの研究も, なんらかの理屈をふまえた視点からの解析なしでは多くを語ってくれません. 理屈,パターン,そしてプロセスの研究が有機的に一体となってはじめて 多種共存のメカニズムの理解は進むにちがいありません.

私の3つの研究テーマはちょうど理屈・パターン・プロセスに当てはまると書きました. でも,3つの研究がどのように有機的に組合わさり,多種の共存の仕組みの全貌が 見えてくるのか,まだじゅうぶんに全体像が描けていません. たぶん,無理やりすぐにひとまとめにする必要はないのでしょう. それぞれのテーマの研究で得られたものを他の研究のヒントにしつつ, 相乗的に進めていければよいなと考えています.


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