以下の文章は,以前 職場 で生物多様性に関する研究プロジェクトの 立ち上げについて議論したときに書いたものです.ほんの2年余り前のことなのに, すっかり忘れていましたが,書類の整理中に再発見しました. 今読んでも,けっこうまともなことが書いてあるような気がする (進歩してないということかもしれない)ので, せっかくだから,文章表現を多少手直しして,ここに載せることにしました.
Original in 1998-04
revised in 2000-09
多様性の生態学的研究として新たな地平を拓こうとするのであれば、 「多様性の高いフィールドでの研究」ではなく、 「多様性を内包したシステムの成立・存続・崩壊のメカニズムに関する研究」 を目指すべきである。そこで鍵となるのは、「還元から統合への転換」 ではないかと考える。
自然科学のほかの分野と同様、生物学においても、複雑なシステムをより単純な 要素へと還元して理解しようとする流れが主流であった。これはきわめて 有効なアプローチであり、その成果は大きなものであった。しかし、要素の理解を 統合してシステム全体の理解へとつなげていく部分は十分ではなかった.
多様性研究においてもまたしかりである。生物の多様性とは、個体の性質ではなく, 集団のもつ性質である。集団の理解のためにその構成要素の理解が必要なのは当然だが、 要素からの統合の部分に大きな比重が置かれてしかるべきだと考える。 しかし、多様性研究と銘打って,多様な系の一部の要素や一部のプロセスについて 行われてきた研究は、必ずしも再統合への強い意志にじゅうぶん裏打ちされたもの ではなかったように思う.
それも無理からぬことではある。システム全体が、部分の単純な定数倍である なら扱いやすい。たとえば,面積が10,000 m2の森林があり, 全体のバイオマスを知りたいとする.そのうちの100 m2の調査をしたら、 サンプルの代表性についての問題は残るものの,あとは結果を100倍するだけだ。 いっぽう、システム全体が要素や部分の単純な定数倍として表現できない場合も 多々ある。多様性研究ではまさにそのような対象・現象を相手にする。 たとえ統合したくとも容易なことではない。まして統合への強い意志がない状態では、 要素についてのデータを並べて見せるだけで終わってしまう危険が大きい。
具体的なテーマ設定においては、上のような前提を念頭におきながら, 以下の点について議論をつめることが必要と考える。
これらの理解を共有した研究者集団がプロジェクトを構成すれば、たんに 「○○川流域におけるAの研究」「○○川流域におけるBの研究」... を束ねて「○○川の総合的研究」と称するようなことにはならないだろう。 また、各研究者はそれぞれの意のおもむくままにシステムの構成要素の研究を進め、 統合的部分はモデル屋におまかせという,形だけの統合にもならないだろう。
定数倍では片づかない「統合」においては、計算機シミュレーションが大きな 力を発揮する。ときとして、現物に触れている研究者と数値計算モデルを扱う 研究者は別のパラダイムの住人とも見られがちかと思う。 しかし、現象の理解のために還元と統合の両者が必要だという理念は 共有されているはずである。統合のために数値計算モデルの助けが必要な 場面があればモデルを使えばよい。 計算が面倒ならば電卓の助けを借りてもよいし, スーパーコンピューターの助けを借りてもよい. それだけのことである.
モデルによる統合が計算機での遊びに終わってしまってはいけない。 そのためには、モデルを扱う研究者自身が現象の観察・理解につとめること、 また、現物に触る研究者と密に議論を重ね、問題意識を互いにぶつけあうことが 重要だと考える。