Updated on 3 Mar 1999
1999年3月27日から30日まで信州大学でおこなわれる第46回日本生態学会でのわたしの講演の要旨です。一般講演のほか、ふたつの自由集会でも発表させてもらいます。
竹中明夫 (国立環境研究所)
鹿児島県屋久島西部の照葉樹林内で、常緑広葉樹バリバリノキ(Litsea acuminata)稚樹のシュートの挙動と光微環境の関係を調べた。バリバリノキは、 芽がひらくと同時にあらかじめ用意されていた葉がいっせいに展開するflush型のシュート伸長パターンを示す。一回のflushにより作られたシュートをひとつの単位と考え、40個体の稚樹のすべての端末シュート(子シュートを持たないシュート)をマークした。各個体ごとの端末シュート数は1〜30本の範囲であった。各シュートごとに林外に対する相対的な光環境を測定した。また、その後の1年間の生残、伸長、分枝を調査した。
暗い環境下のシュートほど死亡率が高く、頂芽が休眠する可能性も高い傾向があった。いっぽう、分枝率(2本以上の子枝を作る確率)は低かった。すなわち、暗い環境下のシュートはその後の樹冠の発達にあまり貢献せず、より明るい環境下のシュートが多くの子枝を伸ばして樹冠の発達に貢献していることが確かめられた。
ただし、単純にシュートごとの光環境だけでその後のシュートの挙動が決まっているのではない。個体内のすべてのシュートが暗い条件にある個体と、個体内に明るい条件下のシュートから暗い条件下のシュートまで共存する個体とを比べると、後者の場合に、日陰のシュートがより「ないがしろにされる」傾向、すなわち死亡率や頂芽の休眠率が高まり分枝率が低下する傾向があった。この結果は、日陰シュートへの物質の配分が日なたシュートの存在により抑制されていることを示唆する。言い換えれば、個体内でより生産的なシュートを大切にし、そこに投資を集中していると解釈することができる。
(企画者 鷲谷いづみ)
竹中明夫 (国立環境研究所)
森林の個体ベースモデルは、森林をひとまとまりのものとして扱うのでなく、一本一本の木が寄り集まったシステムとして扱う。個々の木の振る舞いの総体として森林を再現するのである。となりあう木々は光などの資源を奪いあう。それぞれの木は、大きさ・樹種・光、水分等の物理環境などに応じて成長し、死亡し、繁殖する。木々のこれらの振る舞いが諸条件にどのように依存するかがモデルの構築に必要な「木々の知識」だ。構成要素についての知識を集めることでシステム全体を再構成するのである。
もちろん、われわれが持つ「木々の知識」は不完全だから、モデルとして再構成された仮想森林もまた不完全なものである。また、自然界のできごとにはつねに確率的な、サイコロをふってみないと分からない部分がつきまとうから、100%の確率でなにごとかを予想するのは無理なことだ。それでも、人間が持っている科学的知識をフルに動員しておこなう一種の確率予報の道具として、個体ベースモデルという仮想森林は有用なものと考える。
コンピュータの中に仮想の森林をつくることのメリットのひとつは、簡単に実験ができることである。開発にともなって森林の面積を半分にすることの影響が論点になっているとき、実際に木を切ってしまっては事前アセスメントにならない。ほんものを使って実験するわけにはいかない。コンピュータの中の森林なら面積を半分にするのも2倍にするのも容易だ。択伐の影響や外来種の導入の影響などもシミュレーションにより予想してみることができる。
本講演では、わたしが開発した森林の個体ベースモデルについて説明し、これを使ったシミュレーション実験の例をいくつか紹介する。
(企画者 久保拓弥・佐竹暁子)
北大 地球環境・久保拓弥さんによる本自由集会の案内のページへ
竹中明夫 (国立環境研究所)
本講演では、植物の地上部の3次元構造を計算機の中に再現してその受光効率を 計算するシステムを紹介し、そのような計算のめんどうさと、そのようなシステ ムによって得られるメリットについて論じる。
植物の地上部は光を受けて光合成をおこなうという重要な機能をはたしている。 光を受ける効率は葉の空間分布に依存する。空から来た光は最初に当たった葉に 吸収され、一部は反射され、また一部は透過する。どの葉に最初に当たるかは見 た目に明らかである。光の来る方向からみて一番手前に見える葉に当たる。
どの葉にどれだけの光が当たるのかを計算するのはやや面倒だが、計算すれば分 かることである。3次元空間の解析幾何の初歩の知識で対処できる。葉の枚数を 増やすことや空の各方向からの光を考慮することは、計算機の計算時間を増やす が人間の手間は増やさない。
このようなシステムを使えば、一枚一枚の葉の受光量を計算して光合成量を推定 することがができる。仮想的な形の植物を作って、現実の植物の形態の合理性を 考える比較材料とすることもできる。茎の空間構造も含めて再構成すれば、茎の 各部にはたらく力学的な力を計算し、光獲得と支持コストとの関係を解析するこ とも可能だ。
複数の植物を並べて、そのあいだの光をめぐる競争関係を調べることもできる。 どちらが勝つかを見るだけでなく、なぜ勝ったのか、なぜ負けたのかに踏み込こ とが可能になる。
光合成、呼吸、光合成産物の転流、新しい器官の発生などのプロセスと組み合わ せれば、植物が成長する過程を再現することもできるはずだ。生理学的な研究の 成果を個体レベルの現象の理解に結び付けるうえで、素過程を愚直に組み合わせ て計算する仮想植物という統合ツールは重要な役割をはたすに違いない。