Updated on 10 January 2001
竹中明夫(国立環境研究所)
地球上の気候変動が植物の分布に与えた/与える影響の研究では,直接的な実験は容易ではなく,モデルを使った解析が必要となる.特に種の多様性への影響を考える場合,人口論的確率性による絶滅や,分断された群落の空間的な分布パターンなどを考慮する必要があるが,空間構造を持った個体ベースモデルはそのための有効な道具となる.
そこで,森林を2次元の格子で表現する樹木の個体ベースモデルを作成し,気候変動が種の分布と多様性に与える影響を調べた.格子の各桝目には高々一個体の樹木が生育する.木が死亡してできた空き地は周辺個体が散布した種子から確率的に選ばれたものが埋める.散布種子の密度は親木から離れるほど低下する.長方形の森林に温度環境の勾配を与えて繁殖の温度環境依存性が異なる複数の種群を生育させると,種群間で分布域の分離が見られた.そののち森林全体の温度環境を暖めると,各種群の分布域が移動したが,その過程で興味深い現象が見られた.
(1)ある種群が分布域をあらたな空間へと展開していくとき,これまで分布域を接していた別の種群がその空間に残っていると,分布の拡大速度が著しく低下した.これは,現存個体が死亡して空き地が形成されないと新個体が定着できないこと,および,空き地には周辺の残存種の個体からの種子も散布されることによる.植物の分布限界が生理的な限界ではなく他種との競合関係により決まっているのであれば,気候変動にともなう分布の移動速度には,残存種によるこのような抑制効果が働く可能性が考えられる.
(2)ある種群があらたに分布を広げたところでは,創始者効果による種多様性の減少が見られる.すなわち,偶然により分布域の最前線に多く存在した種がその先の分布拡大における主要な種子供給源となる,という過程を繰り返すことで,種の多様性が減少していく.この効果は,森林全体の幅が狭い場合や,途中に隘路がある場合にとくに顕著になる.気候変動にともなう温度の上昇・下降が大きい高緯度地域や,森林の"幅"が限られる山地の上部,森林が分断されている地域などでは,こうした現象が種多様性を低下させる要因として働く可能性が考えられる.