シンポジウム「スケールをまたがる植物生態科学の展望」 (企画: 甲山隆司(北大・地球環境)・小池孝良(北大・北方生物圏)) で話をします.
Updated on 11 July 2003
竹中明夫(国立環境研究所)
植物群落の種多様性は,群落全体の属性であるとともに,群落を構成する個々の種個体群の消長の総体でもある.個体ベースモデルを使って個体の生き死に・成長・繁殖に基づいて個体群の動態を表現することができるが,これはそのまま多種系にも応用できる.一本一本の木をベースにした森林のモデルは,個体レベルと群落レベルとをつないで多種の共存メカニズムをさぐるためにも有用な道具である.
森林の木々は,光や水という資源を得るために空間を確保している.空間をめぐって競争する固着型の生物では,種それぞれが繁殖子をつくる時期が変動するなら,少数者もたまたま多数者が繁殖子を作らないときにできた空き地を独占することで個体数を回復でき,多種の共存が可能だとされてきた.ただし,樹木では種子の大部分は親木の周辺に散布されるがそれでも個体数の回復が可能かどうか,また,林床の稚樹バンクの存在が,繁殖の時間変動を吸収してしまうのではないかなど,このメカニズムを森林にあてはめるにあたってはいくつかの疑問点がある.そこで,種子の散布プロセスも組み込んだ個体ベースモデルを使ってシミュレーション実験を行ったところ,種子散布が親木の近くに集中することは多種の共存を妨げない,また稚樹の定着においても場所取りの競争がおこっているなら,やはり稚樹バンクの存在も多種の共存を妨げないという結果が得られた.
同様のモデルを使って,気候の変動にともなう植生の分布帯の移動の様子をシミュレートした.気候変化によって潜在的な分布可能域がひろがっても,実際の分布域はただちにこれに追随できるとは限らない.潜在分布可能域に空き地があること,その空き地に種子を供給できること,空き地内での他種との競争に勝つことが分布拡大のための条件である.あらたに分布可能域となった場所では,侵入者はつねに少数者としてスタートする.少数者が絶滅しにくくなる条件は,そのまま分布の拡大速度を速める条件ともなることが考えられる.シミュレーションの結果,上で注目した繁殖の時間変動が分布域の拡大速度に影響することが確かめられた.