竹中明夫(国立環境研究所)
森林動態の個体ベースモデルを使ったシミュレーション実験により, ローカルな多種の共存が,樹種ごとの分布範囲やその気候変動への反応とも ふかく関係する可能性を示した.
このモデルでは,ほそ長い二次元の格子で空間をあらわす.長軸方向に そって温度勾配があるものとする.森林の各樹種は,温度環境に依存した 種子生産を行う.好適温度は樹種により異なる.ところで,繁殖の時間変動が あると空間をめぐって競争する多種が共存しやすくなることが知られている. 多数者が繁殖していない期間に発生した空き地を少数者の子供が占有する機会が 時々発生するからである.繁殖が変動する場合,しない場合の比較を行った結果は 以下のようなものであった.
(1) すべての樹種がランダムに分布した状態からはじめてまもなく, 温度の勾配にそって,好適温度の順序そのままに各樹種の分布域が分離した.
(2) となりあう樹種の分布域の重なりは,繁殖が変動しない場合はごく狭いもの だったが,時間変動があると,相対的に繁殖力が落ちる場所でも個体群が 存続しやすくなるため,分布の重なりは大きくなった.
(3)温度の勾配を保ったまま全体が温暖化すると,個々の樹種の分布域はより 涼しい方向へと移動した.移動の前線では,もともと生育している樹種が種子を 生産し続けてあたらしい樹種の侵入を妨げるため,種子の散布距離だけから 見積もられるよりも分布の移動速度はおそくなった.
(4) 繁殖の時間変動があると,遠隔地から散布される少数の種子でも,既存種が 種子を生産しない年に空き地を占有できるため,繁殖の変動がない場合よりも 分布の移動速度ははやくなった.