竹中明夫(国立環境研究所)
樹冠を構成する大木も,最初は小さな芽生えからスタートする.森林の動態 を理解するには,稚樹のふるまいを明らかにする必要があるとの観点から, その動態のくわしい調査が行われてきた.その成果を森林全体の構造および 動態と定量的に結びつけられれば,定性的な議論の段階から前進することが できるだろう.
複雑なシステムのふるまいのメカニズムを理解しようとするとき,システム 全体をその構成要素から再構成するモデルが有効な道具となることが多い. 森林の動態を表現するモデルもさまざまなタイプのものが作られてきた.そ れらは,生物学的な解像度(個体を区別するか,種を区別するか,齢やサイ ズを区別するか)や空間構造の扱い方などに特徴がある.
本講演では,空間構造のある森林の個体ベースモデルを使って,繁殖の時間 変動により多種が共存しやすくなるという仮説の有効性を検討した結果を紹 介する.林冠木が倒れたあとの林冠ギャップは林床に待機していた稚樹が成 長して埋めるとしたモデルでは,実生の定着率が多種の共存のしやすさに強 く影響するという結果が得られた.定着率が高いと稚樹のあいだの場所をめ ぐる競争が熾烈になり,少数者による不戦勝(優占種が繁殖を休んでいるあ いだに場所を埋めてしまう)がうまく機能するが,定着率が低いとこのよう な場所の占有ができないからである.
さらに,このモデルを使って,繁殖の時間変動によって多種が共存している 場合に特有のなんらかのパターンが見いだせないか検討した.そうした指標 があれば,個々の森林で機能している共存メカニズムを特定するのに役立つ からである.しかし,確率的な変動に埋もれることなく抽出できるような適 当な指標を見いだすことはできなかった.