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連載 植物の不思議な当たり前 第1回

なぜ昆布は陸に上がれないのか? または切花を楽しめる理由

この文章は, 公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)の機関誌(AEAJ)の原稿として 2012年に執筆したものです。印刷物にこのまま掲載されるとは限りません。

updated on 2012-11-15

テレビの自然番組で、生き物の不思議と驚異が紹介されるのを見ることがあります。何千キロの旅をして正確に目的地に辿り着く渡り鳥。満月のころ、いっせいに産卵するサンゴ。植物が花粉を昆虫に運んでもらう巧妙な仕組みにも驚かされます。もちろん、生き物の不思議は魔法ではありません。長い進化の歴史のなかで、少しずつ巧みな生き方や体のつくりが生まれてきました。

だれが見てもすごいと感じる驚異があるいっぽうで、当たり前に見えることのなかにも、生き物の様々な工夫が隠されています。スポーツのトップ選手の何気ないプレーが、じつは高い技術に支えられていたり、深い計算にもとづく選択だったりすることがあります。この連載では、植物の暮らしのなかに、「そういうことだったのか!」という発見を探していきたいと思います。

連載の第一回は、植物が陸上で暮らすということを考えてみます。海藻の昆布やワカメは、大きさを見るかぎりは陸上の植物にひけをとりません。昆布のなかまのジャイアントケルプなどは、長さ50メートル以上に達します。そんな巨大ケルプが密生する映像を見ると、まさに密林のようです。

とはいえ、昆布と木とでは、体の作りも暮らし方もまったく違います。昆布の体は柔らかくて、空中では直立することはできないのですが、たとえ地面に横たえられたとしても、すぐに乾いて枯れてしまいます。昆布には、陸上で暮らすために必要なしくみが備わっていないのです。

そのひとつには、体の表面を覆うクチクラと呼ばれる物質の層です。クチクラ層は水や空気を通さず、植物が干からびることを防いでいます。植物の茎や葉、そして花や実も、表面のクチクラ層によって乾燥から守られています。葉の表面のクチクラを取り除く実験は簡単ではありませんが、たとえばミカンでクチクラの効果を簡単に試すことができます。そのままなら何日もみずみずしいミカンも、外側の皮をむいてしまうと、内側の薄い皮はすぐに乾いてしまいます。ミカンの外側の皮はしっかりクチクラで守られていますが、内側は守られていないからです。

もうひとつ、陸上の木にはあるけれど昆布にはないものは、水を吸い上げて体のすみずみに行き渡らせる仕組みです。昆布は海底の岩などに付着しています。しがみつく組織は仮根(かこん)と呼ばれますが、陸上植物の根と違って、水を効率良く吸収する働きはありません。そして、コンブには体内で水を移動させる組織もありません。仮根の部分を水につけて湿らせても、そこで染み込んだ水を体の乾いたところに効率よく運搬することができません。

私たちは、切花を買ってきて花瓶にさしたり、庭の木の枝を鋏で切って水を入れたコップに投げ込んだりします。水揚げがうまくいくと、切り口から吸われた水が葉や花に運ばれ、何日も生き生きとしたままで目を楽しませてくれます。こんなことができるのは、水の輸送組織とクチクラを持つ陸上の植物だからこそです。コンブをとってきて根本のところをコップの塩水につけておいても、水につかっていない部分はたちまち乾いてしまうでしょう。

植物が陸上に上がったのは、今から5億年ほど前のことだと考えられています。3億年ほど前には、高さ数十メートルの木々の森が広がっていたようです。地面の土のわずかな湿り気をつかって、地上数十メートルで風に吹かれるティッシュペーパーが乾かないようにするなど、とてつもなく難しそうなことです。陸上に上がった植物は、それをやすやすと実現する体の仕組みを獲得しました。そんな歴史を思いながら、風にそよぐ木々の葉や花瓶の切花を見てみてください。

植物が海から陸に上がったのは5億年ほど前のこと。海中で生命が誕生してから30億年以上たってからのことです。 一本のケヤキの数万枚の葉に、根が吸収した土の湿り気が行き渡り、みずみずしさを保っています。

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