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連載 植物の不思議な当たり前 第2回

植物はなぜ背伸びをするのか

この文章は, 公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)の機関誌(AEAJ)の原稿として 2012年に執筆したものです。印刷物にこのまま掲載されるとは限りません。

updated on 2012-11-15

朝顔の種をまくとき、あまり上下を気にせずに土に埋めます。自然の中でいろいろな種類の植物の種が落ちるときも、どちらが上になるかは様々でしょう。それでも根は下へ、芽は上へと伸びていきます。根が地上に伸び出してしまっては水を吸えません。発芽したらまずは根を下へ伸ばすことが、干からびないために絶対必要です。根は、重力を手がかりにしてどちらが下かを感知し、正しい方向へと伸びていきます。

いっぽう、葉をつける芽は重力に引っ張られる方向とは反対側に伸びます。そうすれば、やがて地上に顔を出すことができます。いつまでも土の中にとどまっていては、光のエネルギーを受けとって体を作る光合成ができず、成長できないまま枯れてしまいます。

無事に地上に出たあとはどうなるでしょうか。多くの植物は、さらに上に向かって伸び続けます。長い時間をかけて数十メートルの高さにまで伸びる高木ももめずらしくありません(写真1)。なぜ地上に出たあとも伸び続けるのでしょうか。当たり前のような気もしますが、その理由をあらためて考えてみることにしましょう。

写真1 空高く幹を伸ばし枝を張るミズナラやハルニレ。冬の落葉樹は枝ぶりがよく分かる。

地球の上では、自然の光のみなもとは太陽です。太陽から直接届く光もあれば、空気中のちりなどで散乱されてから届く青空の光、雲の粒子で散乱されて届く曇の日の光など、いずれも地平線よりも上から届きます。光が上から届くから、少しでもたくさん受け取れるように植物は上に伸びるような気がしますが、正しいでしょうか?

太陽から地球まで1億5000万キロも離れています。数十メートルほど太陽に近づいたからといって、懐中電灯を近づけたように明るくはなりません。光源に近いというだけで植物の背伸びを説明するのは、ちょっと無理があるようです。もう少し考えてみましょう。光はまっすぐ進むので、光源とのあいだに障害物があったら、光は遮られてしまいます。植物の場合、一番の障害物は他の植物です。上を他の植物の葉に覆われてしまったら、ほとんどの光エネルギーを上の植物に取られてしまいます。

夏のよく晴れた昼間に、草原から一歩森の中にはいると日陰になって涼しく感じます。これは、高い木の葉が光をあらかた受け止めているからです。木の種類にもよりますが、地面まで届く光は10%以下、林によっては1%程度しか届きません。そんな中に取り残された植物は、わずかな光エネルギーに頼って生きていくしかありません。

進化の歴史を振り返ると、水のなかで誕生した植物が陸上にあがったのは5億年ほど前のことです。乾燥と戦うさまざまな仕組みを身に着けて陸を生活の場とした植物が、次に戦わなければいけなかったのは周囲の競争相手たちです。一歩遅れをとってしまうと、となりの植物は光を受けてますます大きくなり、自分はいつまでも日陰の身。もはや逆転は困難です。勝者は勝ち続け、負けたものは暗い緑の海に沈んでいきます。そんな厳しい競争にさらされながら、植物はできるかぎり上に伸びる性質を身につけたものと考えられています。陸に上がった当初はおそらく地面に貼り付くように暮らしていた植物のなかに、少しでも上に伸びるものが生まれた瞬間から、高さの競争が始まったはずです。背伸び合戦の結果、植物が陸上に上がってから1億5千万年ほどのちには、高さ40メートルにもなる木生シダの森が地上を覆うようになったようです。木々が背比べをしている森を見ながら、そんな歴史を思ってみてはいかがでしょうか(写真2)

写真2 新緑の森。いろいろな種類の木々が背比べをしている。

高く伸びるには、しっかりとした茎を作ることが必要です。ちょっと風が吹いたぐらいで折れてしまっては困ります。植物は光エネルギーを受けて光合成をしながら自分の体を作ります。限られた材料で、なるべく丈夫な構造を作って高く伸びることは、植物にとってとても大切なことでした。植物の茎、とくに木の枝や幹は頑丈です。同じ太さの鉄と比べたら木材はずっと弱いことは確かです。けれども同じ重さに揃えれ比べると、力のかけかたにもよりますが、木材のほうが鉄よりも強いのです。

背伸びをすることが光をめぐる競争でいかに大切なことかを考えてきましたが、実はほかにも高く伸びることにはメリットがあります。空からよく見えるということです。木の上のほうに咲いている花は、地上の人間からは見つけにくいのですが、木々は人間に愛でてほしくて花を咲かせるわけではありません。空を飛ぶ虫や、ときには鳥に花粉を運んでもらって種を作るための花です。他の植物の下に埋もれてしまうよりも、上に枝を伸ばして花をつけたほうが、本来のお客さんがたくさん来てくれることでしょう(写真3)。

写真3 林の中で背伸びをしながらピンクの花を咲かせているネムノキ。右は花のアップ。  

もうひとつ、高いところから花粉や種を飛ばすと遠くまで届くというメリットもあります。植物には、昆虫、鳥などの動物に花粉を運んでもらう種類と、風に吹かれて花粉が散っていく種類があります。風まかせの植物にとっては、どのぐらい高いところから花粉を飛ばすかは重要です。種も同様です。動物が運んでくれるならよいのですが、風まかせの場合には、やはり高さが大事です。宣伝のチラシを撒く様子を想像してみてください。地面に立った人が撒くのと、二階に上がって窓から撒くのと、さらにはスカイツリーの第二展望台(地上450メートル)から撒くのと、どれが一番広範囲に撒けるか。あきらかにスカイツリーが一番ですね(迷惑になりますから実験はしないでください)。風まかせで花粉を散らすにも種をまくにも、広い範囲に広がったほうがつごうがよいのですが、そのためにはなるべく高いところに花をつけたり実をつけたりすると有利です。

ところで、背伸びがそんなに大事だというなら、タンポポはなぜ地面に張り付くように葉を広げているのか、また、高木に絶対勝てない低木はなぜ生きているのかといった疑問も浮かぶでしょう。こうした高くならない生き方にも、それぞれの理由があるのですが、それについてはまたの機会に。


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