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連載 植物の不思議な当たり前 第6回

魔法の種:植物のタネには何が入っているのか

この文章は, 公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)の機関誌(AEAJ)の原稿として 執筆したものです。印刷物にこのまま掲載されるとは限りません。

updated on 2013-10-02

植物の種(タネ)というと、何をイメージするでしょうか。子供のころ、朝顔の種をまいて育てた経験がある方は少なくないと思います。スイカを食べるときに邪魔にある、あの黒い種をイメージする人も多いでしょう。でも、もっともっと身近な種があります。その一番は、たぶんお米。稲という植物の種がお米です(写真1、2)。お米の種の殻などをとりのぞいて精米したものを私たちは毎日のように食べています。また、パンやうどんは小麦の種を粉にした小麦粉から作ります。そして忘れてはいけないのは大豆の種です。未熟な種を茹でて枝豆として食べるだけではなく、豆腐も大豆から作りますし、味噌、しょう油も大豆から作ります。大豆なしには日本の食卓は成り立ちません。

写真1  実りはじめた稲 写真2  精米された米

このほかにも、菜種の種から絞りとった油も欠かせない食材ですし、トウモロコシの種も、未熟なものを茹でて食べたり、油をとったりして使います。蕎麦粉はソバの種を挽いて作ります。さらにゴマ(写真3)やナッツ類など、さまざまな種のおかげで私たちの食事は豊かなものになっています。

写真3  黒ゴマ

もう一度、最初の朝顔の話に戻りましょう。あの黒っぽい茶色の粒(写真4)を土に埋めで水をやると、数日のうちに発芽します。下には根が伸び、地上では双葉が開きます。そして、双葉のあいだからつるが伸び出し、葉が広がり、やがてつぼみがついて花を咲かせます(写真5)。朝顔からとった種をまけば朝顔が育つのは当たり前のことと思っていますが、種の中にはミニチュアの朝顔ははいっていません。では、なにが入っているのでしょうか。

写真4  アサガオの種 写真4  アサガオの花

まず必要なのは、最低限の体作りの材料とエネルギー源です。葉を作って太陽からのエネルギーを受け、光合成ができるようになるまでは、自前の材料でなんとかしなくてはいけません。この最初の材料として種のなかに入っているデンプンや脂肪、タンパク質を、人間は食べ物として利用しています。

体の作り方の情報も必要です。お米のデンプンだけあっても稲は生えてきません。情報は、DNAと呼ばれる細長い分子のなかに書き込まれていて、ひとつひとつの細胞の中にしまわれています。

さらに、「工作道具」も必要です。情報にもとづいて、材料を使って体を作る道具です。化学反応を助ける酵素が、生き物の工作道具の正体です。この道具は最初から全部揃っている必要はありません。「道具を作るための道具」があれば、あとは必要なものを順次揃えながら、本格的な操業を始めていけます。

最初の材料、体の作り方の情報、そして工作道具。そのどれが欠けても、新しい植物が生まれてくることはできません。芽生えが生まれ、葉を広げるところまで進めば、あとは葉で受けた光をエネルギー源にして、どんどん成長していくことができます。

ここで、ためしにロボットに置き換えて考えてみましょう。ロボットを作る材料や道具、設計図の一式を揃えるととして、どのぐらいコンパクトにできるでしょうか。どう工夫しても、ひとつの工作室のようなものになってしまうでしょうし、それを操作する人間も必要です。それと比べると、大きさ数ミリ程度の粒に情報も道具も入っていて、わずかな材料を元手にして、あとはおいおい太陽のエネルギーと空気中の二酸化炭素から調達してしまう植物の種は驚異的です。種を播けば芽が出て植物が育つのは当たり前だと思いがちですが、こう考えると、まるで魔法だと言いたくなるくらいすごいことです。

さて、種は小さいものだという話をしてきましたが、種のなかにはずいぶん大きいものもあります。ヤシの仲間には、重さが10キロ以上の種を作る種類があります。いっぽう、小さな種を作る植物の代表はランの仲間です。ランは大きさが1ミリの数分の一程度の、ほこりのような種を作ります。

種が大きければ大きいほど体作りの元手がたくさんあるので、最初からしっかりした体を作れます。けれども、大きな種を作るにはたくさん資源が必要です。限られた資源から作るとなると、どうしても数が少なくなります。いっぽう小さい種ならば、同じ量の材料からたくさん作ることができますが、芽が出たばかりの植物はとても小さく、弱々しいものにならざるを得ません。数と大きさとには、ほどほどのバランスがあるはずですが、さまざまな条件で、そのバランスもまたさまざまなのでしょう。だから、一番小さいものから大きいものまで、数億倍も重さが違う種を作る植物がともに存在しているのだと考えられます。

小さいというと、シダの仲間が作る胞子はランよりもさらに小さくて、一粒の大きさが1ミリの数十分の一ぐらいしかありません。1センチ立方の箱のなかに1億個以上、日本の全員に行き渡るほどの数の胞子が入る計算です。たくさんの細胞からできている種とはちがって、胞子はたったひとつの細胞です。その中に、体を作り始める材料と、作るための情報、そして最初に必要な道具がひと通り入ってるのです。

最後にもうひとつ、種や胞子の中に詰まっているものに思いを馳せてみましょう。それは、40億年近くをかけて進化してきた生物の歴史です。黒っぽい小さな粒に適度な温度と湿り気、そして光を与えると、陸に上がるまで三十億年あまり、陸に上がって5億年の歴史を経て進化した植物の姿が作られていきます。そして、なんの不思議もないような小さな粒がみな失われれば、その種類も、背景にある長い歴史も永遠に失われます。そんな目であらためて種を見てみてください。


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