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連載 植物の不思議な当たり前 第7回

森の中の散歩と、助け合わない枝

この文章は, 公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)の機関誌(AEAJ)の原稿として 執筆したものです。印刷物にこのまま掲載されるとは限りません。

updated on 2013-11-18

木漏れ日を浴びながら森のなかの道を歩くのは気持がよいものです(写真1)。頭上では木々の枝や葉が風にゆれ、その隙間を縫ってちらちらと太陽の光が届きます。環境や、森ができてからの年数によって高さが数十メートルの立派な木々の森もあれば、数メートルぐらいの木々の木立もあります。あまり低くて、たとえば高山のハイマツ帯のように1メートルもない木々であれば、木の下を散策というわけにはいきませんね。

写真1  落葉広葉樹林の中の散歩道

木漏れ日の気持ちよさのひとつの理由は、太陽の光が柔らかいことです。地球から見上げる太陽は点ではなく、小さいけれども円盤に見えます。木々のあいだに大きな隙間があれば円盤が丸ごと見えるのですが、高いところで茂っている葉のすきまからは太陽の一部だけが見えます(写真2)。つまり、太陽の光が100%そのまま地上に届くのではなく、円盤の一部だけからの光が届くことになり、日向の光よりも弱い、柔らかい光となります。

写真2  木の葉の隙間から部分的に見える太陽

ところで、森の大きな木々も、当然ながら最初から大きかったわけではありません。最初は小さな芽生えから始まります。一年目は数センチからせいぜい数十センチ。それから年々枝を伸ばし、枝分かれをしながら大きくなっていきます。木々はそれぞれにそうした成長の歴史を経てきているのですが、不思議なのは、なぜ多くの森の木々の幹には下のほうに枝がないのかということです。若木のころには、そこにも枝はあったはずです。写真3のように、広い草原にぽつんと生えている孤立木は、下のほうにも枝があることが多いのですが、森の中の木ではそんな枝がほとんどありません(写真1)。太い木の幹が、あとから長びたり縮んだりはしないので、若いころには下にあった枝が上に持ち上がることはありません。何が起こったのでしょうか?

写真3  下方の横枝も発達した孤立木

木が成長して高くなるとともに、下の枝は、上方の葉の日陰になります。草原に生えている木なら横からの光が下の枝の葉にも届きますが、森のなかではそうはいきません。太陽の光はときおり木漏れ日として届くだけです。茂った森の下の地上にそそぐ光の量は、明るい落葉広葉樹の林でも日向の10%前後、常緑樹の暗い林だとほんの数%から場合によっては1%以下しかありません。

そのような暗いところの下枝は、年とともにしだいに葉が少なくなり、やがて枯れてしまいます。ただし日陰で枯れた枝は、すぐに落ちてくるわけではありません。木の上にとどまったまま徐々に朽ちていき、やがて地面に落ちて分解され、土に還っていきます。台風のあと、木の下に枯れ枝がたくさん落ちているのを見ることがありますが、それらは台風のせいで枯れたわけではありません。日陰で枯れたままとどまっていた枝が、強風に揺られて落ちてきたものです。

ところで、木はなぜ暗いところの枝を枯らしてしまうのかというのも、よく考えると不思議です。写真1を見れば分かるように、森の下にも生えている植物はあるので、必ずしも植物が絶対に生きていけないほど暗いわけでなないようです。また、同じ木の上のほうの葉が光を受けて光合成をしているなら、そこでの稼ぎを下の枝に回してやれば十分に養っていけそうにも思われます。

ここで話は飛んで、会社の経営について考えてみます。オリジナルのスノーボードを作って売っている会社があり、今のところ沖縄の那覇と北海道の札幌に支店を出しているとします(余談ですが、木の枝は英語でbranch(ブランチ)、そして会社の支店もbranch です)。札幌では売れ行き好調なのですが、沖縄での商売はふるいません。経営者としては、札幌で出た利益や札幌支店のスタッフを沖縄に回してテコ入れをはかるべきでしょうか?会社全体の利益を考える経営者は、おそらくそうはしないでしょう。せっかく売上好調の札幌支店のスタッフを減らすのはマイナスです。むしろ、雪が降らない沖縄ではスノーボードの需要は小さいことを見きって支店をたたみ、かわりにスノーボードの需要が大きい北海道に二号店を作るのではないでしょうか。そのほうが会社全体では大きな利益を得られるはずです。支店間で助けあってしまうと、北海道の大きな需要を生かせず、会社の成長のチャンスを失うことになります。

木は、沖縄支店をたたむ経営者と同様の振る舞いを見せます。日陰の枝はたとえ収支がマイナスではなくても、大きな稼ぎはあげられません。日陰の枝は枯らしてしまい、そこから回収した窒素などの栄養も使って明るいところに新しい枝を伸ばします。木の枝先をよく見ると、明るいところの枝はどんどん枝分かれして葉を広げています(写真4)。

写真4  明るいところではよく枝分かれをする。

せっかく日当たりがよい環境にいるのだから、その場で光をうける葉をたくさん増やしたほうがよいのは当然です。いわば、北海道二号店、三号店を出店するというわけです。いっぽう、日陰になった枝はやがて切り捨てられて、木の下のほうには幹だけが残り、上の明るいところにたくさんの葉が茂ることになります。もしも枝同士が助けあってしまったら、札幌支店の利益を北海道二号店に投資せずに沖縄支店のテコ入れに使うのと同様の失敗をおかすことになり、木全体の成長には不利になります。まわりの木々との競争のなかで、枝が助け合わずに全体の効率を追求するような生き方が進化してきたのでしょう。すっくと伸びた大木の幹には、そんな背景があるのですね。


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