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連載 植物の不思議な当たり前 第8回

あまりに不思議なその多様性

この文章は, 公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)の機関誌(AEAJ)の原稿として 執筆したものです。印刷物にこのまま掲載されるとは限りません。

updated on 2014-05-01

私たちが目にする植物には、国外から持ってきて園芸用に育てている種類や、掛け合わせなどで作ったさまざまな園芸品種、あるいは意図せずに海外から持ち込まれて広がってしまった外来種もたくさんがあります。コスモスやヒマワリは外国産の園芸植物、オオブタクサやセイヨウタンポポは外来種です。なかには、セイタカアワダチソウのように園芸用に持ってきたものが人手を離れて増えてしまったものもあります(写真1)。こうした種類を除いた日本在来の植物は、およそ7,000種余りとされています。1日1種ずつ見ていっても20年はかかる計算です。日本百名山、二百名山を登り尽くしてしまった方の、次の挑戦としてよいかもしれません。とても手強い課題です。

写真1  観賞用に北アメリカから日本に持ち込まれ、野外に広がってしまったセイタカアワダチソウ

多様な植物の祖先をどこまでもさかのぼっていくと、40億年ほども前に海の中で産まれた微生物にたどり着きます。それから長い長い時間を経て、少しずつ姿を変えて進化してきました。陸に上がったのがようやく今から5億年前のこと。わずかな変化の積み重ねで、最初の微生物とは似ても似つかない生き物が産まれました。

もちろん、何百万種とも何千万種とも言われる多様な生き物が地球のうえで暮らすに至るには、進化だけでは不十分です。もともと1種類だった生き物が2種類に分かれ、さらにその2種がまたそれぞれ複数の種類に分かれといったことを繰り返して種類は増え、今の多様な生き物の世界ができました。もともと1種類だった生き物が複数の種類に分かれることを「種分化」(しゅぶんか)と呼びます。

今回の「不思議な当たり前」は、進化と種分化を経たたくさんの種類の植物が、今ここで共存している不思議です。これは当たり前のようでいて、とても不思議なことなのです。ほとんどの植物は光をエネルギー源にしていますし、土から水と窒素やリンなどの栄養を吸っています。昆虫のように、種類によって食べる餌が違うということはありません。同じ資源をめぐって競争する2種類の生き物がいるとき、いっぽうが少しでも強くて多くの資源を自分のものにできたら、次世代に残す子供の数も多くなります。世代を重ねると、強いものはどんどん増え、一方弱いものは数を減らして遠からず消えてしまうように思われます。なのに、こんなにたくさんの植物が同居できているのはなぜでしょうか?

その理由のひとつは、得意とする環境が種類によって違うことなのですが、その話のまえに、トレードオフという言葉を紹介します。トレードオフとは、あちらをたてればこちらが立たず、という関係のことです。仕事を丁寧にやろうとすれば時間がかかるし、素早くやろうとすればどうしても丁寧さは犠牲になる。あるいは、車の加速性能を高めるように大きなエンジンを積むと燃費は悪くなるし、燃費を重視したら加速は落ちる。財布に500円しかないときに雑誌を買ったら昼食が食べられないし、ラーメンを食べたら雑誌は買えない。いくらでも例は考えられます。

植物も、さまざまなトレードオフの制約のなかでバランスをとりながら生きています。どんな環境でも一番強いというスーパー植物はいません。種類によって得意な環境が違ったり、どんなストレスに強いかが違ったりします。

たとえば、乾燥に強い植物もあれば、水の中を生活場所にしている水草もあります(写真2,3)。サボテンに水をやりすぎると腐ってしまいますし、池が干上がれば水草は枯れてしまうでしょう。砂漠でも池でも一番強いという植物はいません。乾燥に備える仕組みと、水につかりながらも窒息しない仕組みと、両方を備えるのは大変なのです。

写真2  メキシコの乾燥地に生育するサボテンの1種。

写真3  日本の湖や池でみられるガガブタ。葉はスイレンに似ているが、近い仲間ではない。

得意な温度についても同じことです。熱帯の植物と、1年の半分以上は凍りついているシベリアのツンドラの植物とは、あきらかに得意な温度が違います。どちらも得意というスーパー植物が熱帯もツンドラも覆い尽くすということはありません。高温に適した性質と低温に適した性質、両方を併せ持つことはできないというトレードオフの結果です。

このほかにもいろいろなトレードオフがあり、種類によって得意な環境の違いがあります。とはいえ、熱帯の林にはほんの1キロ四方のなかに何百種もの木が共存していますし、日本の森でもたくさんの種類の木々が見られます(写真4)。得意な環境の違いだけですべてを説明できるのか疑問です。

写真4  日本の落葉広葉樹の林。よく見ると多くの種が混ざっている。

じつは、植物のように同じ資源を使って生きている生き物が共存するしくみは、多くの科学者が頭を悩ませてきた謎です。これまでにいろいろな説が提案されていますが、これですべてが説明できるという決定打はありません。実際は、ケースバイケースでいくつもの仕組みが組み合わさっているのが本当のところかもしれません。

多くの植物が共存する不思議はまだ解けない謎のままおいておいて、最後に、すべての種類を見るにどれかで時間がかかるかという話に戻りましょう。日本の植物は約 7,000種、そして世界中の植物はというと、30万種ほどと言われています。これは一日1種ずつ観察していたのではとても全部は見きれません。1日に10種ずつ見ても一生かかります。それはそれで大変そうですが、すべて見尽くすまで植物は待っていてくれるかというもっと大きな問題があります。世界でも日本でも、人間による開発、乱獲、環境の汚染などのために多くの植物が絶滅しつつあります。日本に限っても7,000種の植物のうち1,500種類以上の絶滅が心配されています。世界でも多くの種が消えつつありますが、正確な数は分かっていません。消えてしまう前に全部を見てやろうと焦るよりも、あとの世代の人々がゆっくり見られるように、植物たちを守るにはどうしたらよいか考えてみてはいかがでしょうか。


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