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シベリア・永久凍土地帯のカラマツ林
−地球温暖化の潜在的な影響をさぐる−

地球環境研究センターニュース 9(8)掲載(1999年4月発行)

1. はじめに

1993年以来、わたしは地球温暖化がシベリアの生態系に与える影響とその気候システムへのフィードバックに関する研究プロジェクトに参加してきた。毎年夏の数週間を中央〜東シベリアの北部で過ごしている。 プロジェクトは、大気中の温室効果気体の航空機による観測や、湿原からのメタンの放出のメカニズムに関する研究など、いくつかの部分からなっている。わたしは森林総合研究所の研究者らとともに、ロシア科学アカデミー・スカチョフ森林研究所の協力を得ながら永久凍土地帯のカラマツ林の構造と機能について研究を進めている。

この国際共同研究のくわしい研究成果については地球環境研究総合推進費の成果報告書などにゆずる。本稿では、シベリアの永久凍土地帯の森林の特徴を紹介しながら、気候変動がこの地の森林にどのような影響を与える可能性があるのか考えてみたい。

2. 永久凍土地帯の針葉樹林帯、タイガ

シベリアの永久凍土地帯は広い。日本の面積の25倍以上もある。その北部には高木の生えないツンドラ地帯が、南部には針葉樹林帯が広がっている。世界の永久凍土地帯で、このようにみごとな森林が成立しているところはない。

シベリアにひろがる針葉樹林帯はタイガと呼ばれる。タイガを構成する樹木は、カラマツ、トウヒ、マツ、モミのなかまなどの針葉樹のほか、落葉広葉樹のカンバのなかまも混在している。ただし、中央〜東シベリアの永久凍土上ではカラマツが圧倒的に多い。

カラマツは冬には葉を落とす落葉性の針葉樹である。厳密には、カラマツという日本語は世界に10種あまり分布するカラマツ属の樹種のうち日本に分布している一種(学名Larix kaempferi)を指す。シベリアには、カラマツ属のほかの種、ダフリアカラマツ(Larix gmelinii)やシベリアカラマツ(Larix sibirica)が分布している。本稿ではカラマツ属の木々を総称してカラマツと呼ぶことにする。

中央〜東シベリアのタイガは永久凍土地帯より南にも広く分布しているが、われわれは永久凍土上のカラマツ林に集中して調査をおこなってきた。目的は、カラマツ林の構造と機能、とくに炭素循環にかかわる部分を測定することと、その結果にもとづいてこの生態系をモデル化することである。生態系のモデルを地球環境変動の影響の予測などに活用することをめざしている。

永久凍土は温度が0度以下である状態が1年以上続く土のことである。土壌中の水はつねに凍ったままとなる。永久凍土は年平均気温がおよそマイナス2度以下の地域に形成される。マイナス2度であって0度でないのは、冬のあいだは雪が土壌表面をおおって土への寒さの伝達を妨げるからである。寒ければ寒いほど土壌は深くまで凍っていく。ただしそのスピードはおそろしくゆっくりだ。東シベリアの年平均気温がマイナス10度前後の地域では凍土の層が地下500メートル以深にまでおよぶが、ここまで凍るには数十万年の年月がかかるという。永久凍土地帯でも、夏の気温まで氷点下というわけではない。北極圏でも、夏の盛りには30度前後の気温になることがめずらしくない。夏の調査では汗をふきふき暑さにあえぐこともある。

気温が0度より高くなれば土の表面はとけはじめる。融解は土壌の表面からしだいに地中深くへとすすんでいく。やがて秋になり冬になれば、ふたたび地表には厳しい寒さが戻ってくる。土壌は冷やされてふたたび表面から凍りはじめる。凍結はしだいに地中へと進んでいく。ほどなく、夏にとけた部分もすっかり凍りつく。 永久凍土地帯の土壌の、夏に一時的にとける層を活動層と呼ぶ。活動層の深さは場所により地下2メートルにもなるところもあれば、わずか20〜30センチのところもある。寒いところほど浅くなるが、ほかにもいろいろな要素が活動層の深さに関係している。土壌の組成や含水率は、熱の伝わりやすさや土壌を暖めるのに必要なエネルギーの量に影響する。雪は太陽の光を反射するいっぽう、空気と土壌とのあいだの断熱材としての効果も持つ。地表をおおう植物の層も断熱効果がある。

植物の生育の邪魔をしているように見える永久凍土だが、かならずしもそれだけではない。シベリアは降水量が少ない。とくに中央〜東シベリアの内陸部では、一年の降水量が200ミリ程度、日本の降水量の十数パーセントしかないところもある。温帯域なら乾燥のためとても森林など成立し得ない降水量だ。そのようなところにタイガというりっぱな森林があるのは、ひとつは低温のため蒸発量が少ないこと、もうひとつは永久凍土地帯に降った雨は地面深く染み込むことなく、地表面にとどまること、というふたつの理由によると考えられている。永久凍土の存在は、シベリアの森林の水収支に深くかかわっている。

ところで、地球の温暖化が進むと永久凍土がとけると言われる。氷河がとけるのはイメージしやすい。氷河の厚さが薄くなったり、氷河の末端が後退していったりするのである。いっぽう、永久凍土の場合は土の中のことなのではっきり目には見えない。

永久凍土が成立できないほどにまで年平均気温があがれば、土壌は表面からしだいしだいに融解していく。とはいっても、冬の気温が0度以下になるならその期間は一時的な凍土ができる。永久凍土がすっかりなくなるまでに必要な時間は、現在の凍土の厚さや熱の伝わりやすさに依存する。凍結に時間がかかるのと同様、地中深くの凍土までとけきるには長い時間がかかる。

平均気温の上昇が永久凍土が成立可能な範囲内にとどまる場合には永久凍土は存在しつづけるが、表層のとけかたが変わる。春にはこれまでよりも早くとけはじめ、活動層はより深くなる。とけた土の温度はこれまでよりも高くなる。

こうした変化は、植物にとっては水を吸収できる期間が長くなること、より地中深くの水まで吸収できることを意味する。また、土壌の温度が高ければ、それだけ微生物による有機物の分解速度も早くなり、土壌中の栄養塩類の供給速度があがることになる。こうした変化は、植物の成長にプラスに働くだろう。

しかし、温度だけがあがって降水量が変わらなければ、蒸発量が増えることで乾燥しがちになるはずだ。シベリア内陸部はもともと降水量が少ないから、水不足のために植物の成長がかえって悪くなる可能性も十分にある。

気候の変動による植物のバイオマスや成長速度の変化量は、多くの要素が複雑に関係しあっているだけに単純には予想できない。関係するプロセスをていねいに調べ、定量的なモデルへと統合して総合的に評価する必要がある。われわれが進めている研究もこの方向をめざしている。

3. 森林の北限はどのように決まっているか

海抜高度に対応した植物の分布パターンを垂直分布と呼ぶ。山にのぼっていくとしだいに植物群落の様子が変わっていくが、これは垂直分布を観察していることになる。高度をあげていくとやがて高木の森林がなくなり、日本ではハイマツなどが地面をおおう高山帯に達する。その境界はかなりはっきりしている。亜高山帯の森林のなかをのぼっていくハイカーは、前方の木々のあいだの明るさに森林限界が近いことを知る。森林限界に至ればひろびろとした眺望を得て高山気分を満喫できる。

垂直分布に対して、水平方向の環境の変化に対応した植物の分布パターンを水平分布と呼ぶ。南北に長い日本では、南は木性シダやヤシの茂る亜熱帯の森から、北は落葉広葉樹の優占する冷温帯の林まで、水平方向の植物の移り変わりをはっきりと見ることができる。

熱帯から亜熱帯、温帯、亜寒帯とどんどん北へ進んでいけば、やがて森林限界に達する。中央〜東シベリアでは北緯67,8度から70度あたりに森林限界がある。ただ、その境界線は垂直分布の場合のようにはっきりとはしていない。ツンドラにぱらぱらと高木が生えている森林ツンドラと呼ばれる移行帯が、タイガとツンドラのあいだに幅百キロから数百キロにわたって存在する。

タイガ南部の森林は樹高が25メートル以上にも達するりっぱな林である。いっぽう、森林ツンドラ地帯のカラマツ林ではたかだか10メートル、あるいは5,6メートルにしかならない。こんなところでは、年輪の幅、すなわち一年間の太さの成長量がわずかに1ミリの10分の1から20分の1しかないことがふつうだ。顕微鏡でなければとても読み取れない。

北に行くほど寒いのだから、木の成長が悪かったり高木がなくなったりするのは当然と思われるかもしれない。しかし、そのメカニズムはかならずしも自明ではない。

まず、高緯度地域の木の成長が悪い理由として考えられる理由をならべてみよう。

  1. 葉が寒さに傷められることなく光合成ができる期間が短い。
  2. 地面がとけて水を吸収できる期間が短い。
  3. 夏の気温が光合成の適温よりも低い。
  4. 土壌の温度が低いので根が栄養を吸収する活性が低くなる。
  5. 土壌の温度が低いので土壌中の有機物の分解が進まず、栄養塩類が供給されない。

これらはどれもじゅうぶんにありそうなことだ。どれかひとつが正解ということではなく、どの要素もそれぞれに木の成長を制限しているに違いない。なすべきことは、それらの要素と植物の光合成生産や成長との関係の定量的な評価だろう。そのためには、植物の生理的な性質はもちろんのこと、植物の成長プロセス、土壌中のプロセス、そしてそれらの気候への依存性や相互作用を含めて考えなければならない。

現在の気候のもとでカラマツの成長がどのように制限されているのかを定量的に理解することは、地球温暖化がシベリアのタイガに与える影響を予測するためにも必要だ。われわれのグループでは、光合成速度の光依存性や温度依存性、呼吸速度の温度依存性などの測定のほか、枝の伸びかた、幹の太りかた、根の伸びかた、土壌中の物理環境や化学環境など、多面的な調査を進めている。

ところで、上にあげた仮説は高緯度地帯で木の成長が悪くなる理由である。では、なぜ高緯度地域では低木や草は生育できるのに高木は生育できないのか?この点については、光合成生産がかぎられる環境では幹という大きなお荷物を抱えるだけの余裕がないからだと定性的には考えられている。ただしきちんと証明されたわけではない。生態学の課題のひとつである。

気候変動の影響の予測という観点からは、温暖化にともなって森林限界がどう移動するのかに関心が持たれる。現在の気候と森林の分布との対応関係をたもったままスルスルと森林限界が平行移動するかというと、そう単純ではないだろう。

そもそも気候条件は年間平均気温のような単純なパラメータひとつで表現できるものではない。温度の変動パターンも、降水の季節パターンも植物の生活に影響しそうだ。さらに、ある地点がカラマツの生育が可能な条件になったからといって、たちまちカラマツの林が出現するわけではない。まずは種子がまかれる必要がある。カラマツの種子は風にのってふわふわ飛び回るようなものではないから、種子の散布される範囲は現在の親木の分布パターンに規定される。種子の散布距離以上に遠くまで分布をひろげるには、あたらしく定着した木が育って種子を散布するのを待たねばならない。それには少なくとも数十年はかかる。森林限界の移動はそんなにすばやく起こるものではなかろうと想像される。

高緯度地域では、夏が短いだけでなく冬の寒さもきびしい。シベリア内陸部ではマイナス50度以下にまで下がることもよくある。しかし、寒さに備える準備ができたカラマツにとってはこの程度の低温は恐くない。ただし、まだ備えができておらず、葉を広げ枝が成長中の状態では格段に寒さに弱い。

いっぱんに、寒さが厳しい地方に分布する植物ほど寒さに対して臆病だ。いつ季節はずれの寒さがくるか分からないシベリアのカラマツは、早々に伸長を停止してしっかりした越冬芽を作って寒さに備える。日本に移植しても、やはり日本のカラマツよりもずっと早くに伸びるのをやめてしまい冬を越すための芽をつける。

高緯度地方の気候はとても不安定である。シベリア東部、サハ共和国のヤクーツクは北緯62度の町だ。ここでは8月にマイナス20度まで下がったことがあるという。ヤクーツクの植物園ではサハ共和国内各地の植物を集めていたが、この突然の寒さに多くの植物が枯れてしまった。そのなかで、もともとヤクーツクに生育していた植物は、8月にはすでに寒さへの備えをしていたので生き延びたという。

この事例はなかなか示唆的だ。ごくまれに起こる現象であっても、現在の森林の分布パターンをきめるうえで重要なものかもしれない。種子が発芽して成長をはじめたカラマツが自分で種子をつけるまでに一度でも壊滅的な打撃をうけなたら、カラマツは子供を残す前に死んでしまう。これでは安定したカラマツ林は成立できない。

空間的にまれな現象ならばあちこちを歩き回ってその現場に立ち会うことも可能だ。時間的にまれな現象となると、時間のあちこちを歩き回ってというわけにはいかない。幹の年輪の幅を読み取って過去のできごとや環境条件を推測するなど、いろいろ工夫しなくてはいけない。年輪データの解析には、われわれ森林調査グループでも力をいれている。

4. カラマツ林の歴史は山火事とともに

シベリアでの移動はもっぱら飛行機が頼りである。タイガの上空を飛んでいると、もくもくと煙がわき上がっているのを見ることがある。森林火災、いわゆる山火事だ。

一口に山火事と言ってもその強さも面積もさまざまだ。地表面をさっと火が走るだけの地表火と呼ばれるものから、高木がすべて丸こげになるような強い火事まである。

山火事の原因は、落雷による自然発火のほか、なんらかの人為による発火も多い。ロシア全体での一年間の山火事の総面積は、多い年には20,000平方キロ以上、少ない年にはその10分の1と、大きなばらつきがある。これは年ごとの乾燥の度合によるようだ。雨が少ない乾いた年には、あちこちの山火事の煙で常に太陽がぼやけて見えるほどだ。燃えはじめた火事は、ちょっとした沢や尾根にさえぎられて小面積にとどまることもあれば、数十平方キロを焼きつくすこともある。

火事の強さの違いはおもに燃料の蓄積の程度に依存している。長いあいだ火事がない林ではしだいに低木や草本がしげり、枯葉や枯れ枝もたまっていく。これらが燃料となる。たくさんたまればたまるほど、ひとたび火事が起きれば強い火事となる。

火事は、高木の死亡の原因となるだけでなく、そのあとの森林の更新にも深くかかわっている。地表面の状態が火事によって変化するからである。

タイガの林床は大きく3つのタイプに分けられる。ミズゴケがおおうタイプ、ハナゴケなどの地衣類がおおうタイプ、そしてツツジ科の小低木などが優占するタイプである。地衣類は菌類(カビやキノコのなかま)と藻類とが共生しているもので、トナカイの好物だ。ミズゴケも地衣類も、年とともに数十センチの厚い層を作る。また、低温のために落ち葉や枯れ枝の分解がなかなか進まず、これらの層も土壌の表面をおおう。

ミズゴケや地衣類のフカフカとした層は、カラマツにとってはあまりありがたくない存在だ。まず、種子から発芽したばかりのこどもが根付くのを邪魔する。フカフカ層は簡単に乾いてしまうから、カラマツの芽生えが生きていくには根をこの層の下の土にまで伸ばさなくてはいけない。いっぽう、光を受けて光合成をおこなうには葉をフカフカ層の上に広げなくてはならない。厚さ数十センチの層の上に葉を広げると同時に下の土にまで根を伸ばし、というのは種子から発芽したばかりの小さなカラマツには無理な要求である。

これにくわえて、フカフカ層は断熱材としても機能する。このため、春に土がとけ始めるのが遅れ、植物が水を吸収できる期間が短くなってしまう。土が一時的にとける活動層も浅くなる。これまでの調査で、フカフカ層の厚さと活動層の深さとのあいだにはっきりとした負の相関関係があることが確かめられている。

断熱材があれば、夏の暑さも伝わりにくいが冬の寒さも伝わりにくいのではないかとも思われる。しかし、永久凍土地帯は一年間の平均気温が0度以下の世界である。断熱材があることで季節的な温度の変動は小さくなるが、平均気温を変える効果はない。地表面に断熱材があることで地下の温度変動が小さくなる、すなわち年間の平均気温から離れて0度を越える期間も短くなり、土はとけにくくなる。

山火事は、地表をおおうフカフカ層を燃やしてしまう。そのあとは新しい個体の発芽・定着場所としても好適だし、土壌の温度が高くなって深くまでとけるようになる。水の吸収の点でも栄養塩の供給の点でも、カラマツにとってはありがたい条件だ。

この効果は山火事のあと数十年にわたって持続すると言われている。そのあいだに地表面のミズゴケや地衣類の層がしだいに回復する。それとともに活動層は浅くなり、カラマツの成長が鈍化する。新しい個体も定着しにくくなる。だから、大きな火事のあとに再生した林はほぼ同じ年齢の木々からなっていることが多い。

このように、火事はカラマツ林の構造と機能に密接にかかわっている。たまにしか起きないからといって重要性が低いということはない。数百年の寿命を持つカラマツのタイムスケールから考えれば、数十年から数百年に一度の火事ならじゅうぶん大きな影響を与え得る。

地球環境の変化が、山火事の発生頻度を変えることはおおいにありそうなことである。気温があがっても降水量が増えない地域は乾燥する。そこでは山火事はいま以上の頻度で発生するだろう。山火事と深くかかわっているカラマツ林の更新過程も影響を受ける。バイオマスも、二酸化炭素の吸収量も変化するに違いない。

森林調査グループでは、火事のあとにいっせいに新しい個体が定着した林での調査を行っている。火事からの経過年数が違う林を比較することで、火事後の森林の更新プロセスと、構造と機能の経時変化について理解を深めることができると期待している。 /

5. 隠れたフロンティア−土の中の世界

土のなかで起こっていることを研究するのは難しい。まず、そのままでは目で見えない。見ようと思ったら掘らねばならず、掘ってしまったら本来の構造は壊れてしまう。

植物のサンプルをとるのも大変だ。高さ20メートルの木一本の地下部をきちんと掘り出すのは、おとな数人がかりで2日も3日もかかるような大仕事だ。だから、根の量がどれだけあるかというもっとも基本的なデータですら、地上部のデータに比べると格段に少ない。たいていは地上部のバイオマスを測定し、それをもとに経験的な推定式を使って地下部のバイオマスを推定している。

既存の式が使える林ならよいが、それが使えるかどうか分からない林ではとにかく掘ってみないといけない。森林調査グループはシベリアの各地で根の掘りとり調査を行っている。サンプルの数はどうしても限られるが、まったくデータがない状態から比べればおおきな進歩である。

これまでの調査のデータを見たところ、永久凍土地帯のカラマツは、地上部に対する地下部のバイオマスの相対的な量が他の地域とくらべてかなり多めである。大きな面積を占める森林だから、バイオマスの見積もり方法が変わればその影響は大きい。

凍土上のカラマツの根は地表面近くを這うように伸びている。カチカチに凍った土の中へ伸びていくことはできないし、かりに伸びたとしてもそこには吸収するべき水はない。また、土の温度が低ければ、根の成長も窒素の吸収も抑制される。春はやくからとけ始めて温度があがりやすい浅いところにもっぱら根を伸ばしているようだ。

植物の地下部分は、バイオマスだけでなく機能の測定もむずかしい。ある葉がどれだけ光を獲得しているか知りたかったら、その葉のうえに光センサーを置いて光環境を測定すればよい。いっぽう、根が吸収している水や栄養塩の量はそう簡単には測定できない。しかし、地中の栄養塩類、とくに窒素の量が永久凍土地帯の植物の成長を制限している可能性が大きいとも考えられている。たいていの植物は土壌の有機物に含まれたままの有機態の窒素は利用できない。微生物の働きで有機物が分解され、アンモニア態や硝酸態に無機化されてはじめて根から吸収できるようになる。永久凍土地帯では、土壌の低温が有機物の分解の抑制し、植物の成長を制限している可能性は大きい。タイガの構造と機能を理解するために、土壌圏は避けては通れない。

植物にとっての栄養塩環境を知るためには、土壌中での無機態窒素の生成速度を測定しなくてはならない。なんの設備もないフィールドでこれを測定するのは困難で、土を日本へと持ちかえって処理している。測定できるサンプルの数にはおのずと限りがある。測定精度は劣るが簡便な方法を併用するなどして、手探りの努力を続けている。

土壌の条件は深さ方向だけでなく水平方向にも不均一だ。直径が数十センチから1、2メートルのスケールの凹凸があることも多く、それに対応して土のとけはじめが1ヶ月近くもずれていたりする。凸地では早く暖まり、凹地では雪が遅くまで残る。一年の半分以上は凍りついている土だから、この1ヶ月の違いは大きい。土の中のプロセスと、根の成長や吸収機能との相互作用を考えるためには、この不均一性も無視できない。凸凹地形のどこにどのように根を伸ばしているのか、根の年輪を手がかりとして時間軸を持ち込んだ研究も進行中だ。

目に見えないところ、手が届きにくいところはついつい後回しにしたくなるが、それではタイガの全体像は見えてこない。隠れたフロンティアである土壌圏には、これから力をいれて研究を進めてていくべき重要性と魅力がある。

6. 植物の多様性は熱帯だけの問題か?

タイガでは高木の種数がとても少ない。中央〜東シベリアの森林ツンドラにはほぼカラマツだけしか生えていない。タイガも南のほうではトウヒ、マツなどの常緑針葉樹が多くなり、カンバなどの広葉樹も生育している。それでも10種類も覚えれば大部分の高木が分かったことになる。

こんな林とくらべたら、日本の温帯の林はものすごく種の多様性が高い。まして、1キロ四方に数百種から1000種もの樹木が生育している熱帯林など頭がクラクラしそうな多様性の高さである。なぜ赤道から高緯度へと進むとともに植物の種多様性は低くなっていくのだろうか?

残念ながら、こんな基本的な問題にも明確な答えは得られていない。仮説はいくつもあるものの、たしかな理論はないのである。熱帯のほうが植物が育ちやすい環境なのでより多くの種をはぐくむことができた、という言い方がされることもある。しかし、個々の植物が成長しやすい環境であるかどうかと、そこに存在する種類数とのあいだの因果関係がきちんと説明できない以上、これでは答えになっていない。

生物学的な多様性の地理的パターンを生じるメカニズムは、生態学的にも、多様性の保全の観点からも、今後の重要な研究課題である。地球の温暖化により多様性がどんな影響を受けるかを予測するにも、現在の多様性がどのように決まっているのかが分からないと心もとない。ただし、種類数が多い熱帯だけに目をむけて、多様性のなぞをさぐると意気込んではいけない。種の多様性が違うシステムを比較することがたいせつだ。熱帯多雨林にたいして永久凍土地帯のタイガはもう一方の極となるだろう。

種の多様性は低いタイガだが、広大な地域に分布する樹種がどれだけの遺伝的な変異を持っているのかは興味深い問題だ。カラマツのなかまはシベリアの西から東まで数千キロにわたって分布しているが、種類としてはシベリアカラマツとダフリアカラマツの2種類だけで、東西に分かれて分布している。タイガの南の端と北の端ではずいぶん気候条件が異なるから、同じ種のなかでも性質に違いがあっても不思議ではない。温暖化の影響を考えるにしても、カラマツの温度環境への反応に遺伝的な多様性があるかどうか、あるとしたらその地理的な分布パターンはどのようなものか、などを考慮する必要があるはずだ。これも今後の課題である。

高木から地面へと目を移すと、そこに見られる草本や小低木には日本に分布しているものとごく近縁な種が多く、日本のものとまったく同じ種類もある。それらが夏のごく限られた期間に咲き競い、種子を実らせる。日本の高山植物を多少とも知る人にとっては、とてもなじみ深く感じられるお花畑である。われわれの10日間ほどの調査期間中にも、花の盛りの移り変わりや果実が熟していくようすを目のあたりにすることができる。疲れたときには、クロマメノキの甘酸っぱい実(ブルーベリー)を何個か集めて口に放り込むのが8月のタイガ調査のならいである。

7. おわりに:一本のカラマツに何を語らせるのか

太平洋上のたったひとつの島で大気中の二酸化炭素濃度を継続して測定したデータは強い説得力を持ち、全世界に大きなインパクトを与えた。いっぽう、タイガのカラマツ一本の太さを継続して測定しても、そのようなインパクトは持ちえない。一本一本の木ごとに、年齢も違えば土壌条件も違い、違う歴史を背負っている。タイガの木々は空気のようには混ざってくれない。一本のカラマツをとりだしてタイガを代表させることはできない。

大きなばらつきのある木々の集った森林からなるべく多くのサンプルを取り出して全体を推測するしかないのだが、そのサンプルの生かしかたが大切だ。ある瞬間のある地点はこんなようすでした、と語るだけで終わってはもったいない。森林のなかの重要なプロセスの理解につながるならば、応用の可能性がひろがる。 重要な応用のひとつが、地球レベルの環境変動のタイガへの影響を予測することだ。われわれの研究も、サンプルのひとつを提供するだけでなく、永久凍土上の森林のなかのさまざまなプロセスをより深く知る方向へ、そして、それを生かして予測性のある森林モデルを構築する方向へと進めていけたらと考えている。


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