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(2010-01-08)  この文章は, 社団法人 全国地質調査業協会連合会 発行の雑誌 『地質と調査』 に掲載する記事の 原稿として執筆したものですが、印刷されるものと同一とは限りません. また、印刷されたものにはいくつかの図が挿入されています。


地球温暖化と生き物の暮らし

今,環境問題といえばまず地球温暖化が話題になる.人間が石油や石炭を大量に燃やし,大昔に植物が大気中から吸収した炭素を二酸化炭素にして大気に放出している.太陽からの光のエネルギーは二酸化炭素の分子に吸収されることなく地表面に届くが,温められた地面から放出される赤外線は一部が二酸化炭素に吸収されてしまい,宇宙へと逃げていかない.そのために地球の温度が上昇してしまうのが地球温暖化である.過去百年で,地球表面の平均気温は0.7度あまり上昇したとされている.このまま気温が上がり続けると,現在の気候を前提に作られている人間社会は困ったことになるだろうし,自然もさまざまな影響を受けざるをえない.なんとか対策を講じなければという認識が広まっている.

温暖化の対策は,大きく2種類に分けられる.二酸化炭素をはじめとする原因物質の放出を減らしてなるべく温度上昇を抑えるための"緩和策"と,温暖化してしまった時の悪影響を軽減するように社会や産業の構造などを調整する"適応策"である.いずれにせよ,まずは温暖化の影響にはどのようなものがあるのかを考えることが対策の出発点となる.

本稿では,とくに予測がむずかしい自然の生態系への影響を考えるときのポイントを簡単に紹介したい.生物がかかわる現象はさまざまな不確実性をはらんでおり,正確な予測は困難だ.それだけに,安易なメッセージに流されてしまう危険も大きい.本稿を,不確かさを前提にしつつ必要な対策について考える際の参考にしていただければさいわいである.

温度と生物

「暑い日が続きますねえ」「やっと涼しくなりましたねえ」など,温度の話題は挨拶の定番である.人間にかぎらず,自然の中での生物の生活は温度と深くかかわっている.熱帯では一年を通じて温度の変化は小さいが,温帯や亜寒帯,寒帯と,緯度が高いところほど温度は季節とともに大きく変化する.生物も,それに合わせて暮らしている.植物は冬が近づくと葉を落としたり冬芽を作ったりして寒さに備える.種子となって冬を越すものも多い.動物も,地中で冬眠するもの,卵で冬を越すもの,暖かいところに移動するものなど,それぞれに冬を越す工夫をしている.そして春,暖かくなると様々な生物が活動を再開する.

温度は季節とともに変るだけでなく,緯度や標高によっても寒暖の違いがある.低緯度地域は暖かく,高緯度では涼しい.また,高い山に登れば寒くなる.人間は,衣服や住居,冷暖房の工夫によって,マイナス50度以下にまで下がるシベリアの地にもプラス50度になる灼熱の沙漠にも生活の場を広げている.しかし,人間以外の生物は,それぞれ限られた気候の範囲内で暮らしている.沖縄にはハイビスカスが咲くが,知床の冬は越せない.熱帯の森に暮らすオランウータンにとっても北海道は寒すぎるだろう.いっぽう,渓流の魚であるイワナは水温が15度以上になるところは苦手である.生物を本来の生育環境よりも暑すぎたり寒すぎたりするところに連れていくと,ただちに死んだり枯れたりしてしまうこともあるし,死にはしなくとも元気がなくなることが多い.元気がなくなると病気にかかりやすくなるし,エサがとれなくなる,天敵に捉まりやすくなるなど,自然のなかで生き延びるのはむずかしくなる.

ところで,地球温暖化が自然に与えている影響というと,桜の開花が早くなったとか紅葉が遅くなったといったことがよく話題になる."生物季節"とよばれる現象のタイミングの変化である.こうした生物現象の温度依存性はよく知られている.桜は暖かい春なら早く,寒ければ遅く咲く.気温のデータがあれば,いつごろに桜が咲くか,かなり正確な予想ができる.

生物季節は,その年,その年の寒暖の影響をそのまま受ける.長い目で見たときに温暖化が徐々に進行しているとしたら,長い目で見たときに桜の開花も徐々に早まることになるだろう(そして実際にそうなっている)が,ある年の開花が早いことは,温暖化傾向が続いてきたことの反映ではない.その年が暖かいことの反映にすぎない.

このように年ごとの気温が一過性の影響を与えるケースのほか,温暖化傾向が長期に渡ることによって現れる現象があれば,まさに典型的な地球温暖化の影響と呼ぶべきだろう.それにはどのようなものが考えられるだろうか?第一にあげられるのは生物の分布範囲の変化である.次の節ではこの点について考える.

気候の変化と生物の分布

本来,生物は一ヶ所にとどまり続けるものではない.足や翼,羽根やひれがある動物は自分で動き回る.時速100キロ以上で走る動物もいれば,何千キロもの距離を飛ぶ渡り鳥もいる.また,植物も種子や胞子を散布する.動物に運んでもらったり,風に乗っていったりと,それぞれに移動のための工夫をしている.十分に時間かけさえすれば,物理的に超えられない障壁に遮られるまでどこまでも生物は分布を広げていくはずである.

しかし,すでに触れたように,生物は種類によって好む気候というものがある.好適な環境の限界近くにいるものが適地から遠ざかる方向へと移動したり種子を散布しても,そこにあらたな生活の場を得て定着できず,分布は一定の範囲内にとどまっているのが通常の姿である.たとえば北半球で分布の北限からさらに北に移動したり,山の場合なら上限よりもさらに高いところに種子を散布しても,気温が低すぎて安定して生存することができなければ,分布は広がらない.

ところで,現在問題になっている地球の温暖化により,過去100年で地球全体で平均0.7度余り上昇したことはすでに紹介した.1年あたりにすると 0.007度である.一方,こうした長期傾向とは別に今年の冬は寒いとか暖かいとか,あるいは猛暑の夏だとか過ごしやすい夏だというように,年ごとのランダムな変動もある.たとえば筆者が住む茨城県つくば市の,1920年から現在までの年平均気温の変化を見ると,たしかに全体として上昇しているように見えるが,それに加えてのランダムは変動は大きく,一年ごとに見ると,前年とくらべて0.5度ぐらい高かったり低かったりするのはごく普通のことである(図1).

分布限界近くの生物の分布は,当然こうしたランダムな気候変動の影響を受ける.分布の北限近くの生物がさらに北へと移動したとき,たまたま暖冬ならばそこに定着できるかもしれない.その翌年も暖かければ,前年に拡大した分布域を踏み台に,さらに北へと拡大できるだろう.けれどもさらに次の年の冬が寒かったなら,せっかく新天地に進出した個体も冬が越せず,分布の最前線は押し戻されてしまうかもしれない.だが,もし長期の温暖化によって分布を南へ押し戻すような寒い冬が来なくなれば,分布範囲は北へと拡大し続けることになる.これこそが温暖化による生物の分布の移動のプロセスである.それまで移動しなかったものが移動するようになったのではなく,移動したものがそこで生き延び,定着できるようになるのである.

分布を北に拡大した生物は,進出したところにもともと生息していた生物との相互作用にさらされる.それが,それぞれの生き物にとってプラスとなるかマイナスとなるか,予想は難しい.気候は進出を許しても,既存の生物との競争などの結果,ふたたび南へ押し戻されることもあるだろう.逆に,分布を拡大した生物が要因となって既存の生物が排除されてしまったら,後者の生物の分布範囲が影響をうけることになる.

ところで,地球は過去において何度も暖かくなったり寒くなったりを繰り返してきた.地球の歴史のなかで,少なくとも4回は氷河時代と呼ばれる寒い時代があった.実は現在もそのような時代である.ただし,氷河時代のあいだに特に寒冷化した氷期と,寒冷化がゆるんだ間氷期が繰り返されており,現在は1万年前まで続いた氷河期のあとの間氷期にあたる.氷期と間氷期の温度差は7〜8度ぐらいだったとされる.これは山の高度なら千数百メートル,南北方向なら千数百キロに相当する.

このような過去の温度の変化に対し,生物は生息場所の移動で対処してきたと考えられている.しかし,すべての種が新しい生息場所を見つけることができたわけではなく,絶滅に至ったものも少なくないだろう.次の節では環境の変化と生物の絶滅について考える.

環境の変化と生物の絶滅

地球の歴史のなかで大きな環境の変化というと,まずあげられるのは光合成をする生物の誕生によって大気中に酸素が蓄積したことである.酸素の蓄積は,酸素呼吸をする生物が進化する土台となったし,陸上に生物が上がる必須の条件でもあった.大気中の酸素がオゾンに変化し,太陽からの有害な紫外線を吸収するようになったので,それまで水中にしかいなかった生物が陸上に進出できるようになった.そのほか,巨大隕石の衝突もまた大きな環境変化だったし,氷河時代の訪れもまた大きな変動である.最近の数百万年は,氷期・間氷期が数万年の周期で繰り返されてきた.環境が変化すると,それによって増える生き物ものもあれば減るものもある.短期間に大量の絶滅が起こったこともあった.隕石の衝突後の恐竜の大量絶滅はその例である.

過去数百年,環境変化の最大の要因は人間の活動である.自然の森を切り開いて,地上の様相を大きく変えた.現在は地球全体の気候にまで影響を及ぼしつつある.そうした変化もまた,ある生物にとってはプラスに,またほかの生物にはマイナスに作用する.個体数を減らした生物の中には,絶滅するものもあるだろう.何が増えて何が減り,さらには絶滅に至るのか,予測することはむずかしい.ともあれ,人間の活動が原因で大きな変化が引き起こされつつあることは確かであり,現在もまたあらたな大量絶滅の時代となりつつある.

さまざまな人間活動の影響のなかで,地球温暖化はどれだけの種の絶滅を招くのだろうか.きわめておおざっぱな見積もりがある.まず,それぞれの生物種が現在生息している範囲の環境が,その種類の生息可能環境にそのまま対応していると考える.次に温暖化したら,その生息可能環境が地球上でどのように移動するかを見積もる.現在生息している地域のうち,ある部分は温暖化後の生息可能域からはずれてしまう.生物の移動速度がゼロだとすると,現在と将来の生息可能域の重なり部分だけにその種は残ることになる(図2A).また,たとえ生物がすみやかに移動できるとしても,移動先の大地が人間が農地として利用しているなどでその生物の生息には不適当であるならば,生息地の面積は減少することになる(図2B).

一般に,広い面積の生態系ほど多くの種類の生物が共存していることが知られている.生育面積の減少は,そこに生育可能な種数の減少を招くだろう.その減少量を,種数と面積の関係を利用して見積もった試算によれば,地球温暖化によって15〜37パーセントの種が絶滅する危険があるという. 種の絶滅は,それ自体ができる限り避けたいことだ.それに加えて,生態系の変化を通じて人間社会にも悪影響が生じることが心配されている.次節では,生態系が提供してくれているサービスについて簡単に紹介する.

生態系の機能とサービス

自然の中では多くの生き物が暮らしている.それらはみな環境と無関係に暮らしているのではない.生きるために外界から資源を取り込み,排泄物や死体は次第に分解されて環境にもどる.それが土壌の形成にもつながるし,水や炭素,窒素やリンなどの循環にもかかわる.生態系はなんらかの目的に沿ってデザインされているわけではないが,全体として環境に大きなインパクトを与えている.こうした環境への働きかけの総体を生態系機能と呼ぶ.

生態系サービスという概念は,生態系機能を人間の立場から見たものである.人間は生態系機能の存在を前提にして生物として進化してきたし,文化を発展させてきた.水の浄化と保水機能,土壌の形成,災害の緩和機能などの生態系機能が失われてしまったら,これまでに築いてきた社会は立ち行かなくなる.生態系機能は人間にとって大きな恵みと言ってよい.生態系機能のうち,とくに「ありがたいもの」を生態系サービスと呼ぶ.ここで言うサービスとは経済学の用語を借りたものである.

さまざまな生物がいてこその生態系であり,機能であり,サービスである.地球温暖化が生物の分布や物理環境に影響を与え,それが生態系の構造と機能に影響し,さらには生態系サービスに影響があるのではないかと危惧されている.その詳細について具体的な予想ができているわけではないが,とくに発展途上国において深刻な問題となるのではないかと考えられている.いわゆる先進国は必要なものが「金で買える」のに対し,途上国では自然の恵みに直接依存しているところが大きいからである.

ところで,環境の変化に伴う生態系の変化を「生態系の崩壊」と表現することがあるが,この言葉には注意が必要である.地球上にはさまざまな生態系がある.それぞれに物理環境が異なり,メンバーが異なり,それらが組み合わさった系の構造が異なる.外からなんらかの圧力が加わったり環境が変化すると,メンバーの出入りや全体の構造の変化が生じる.これは,もともとそこに存在していた生態系は失われたという意味で「その」生態系の崩壊と呼ぶことができるかもしれない.しかし,決して生態系が存在しない状態になるわけではない.そこには別の生態系ができる.

当然ながら,生態系が崩壊しないのならそれでよいということではない.人間の活動が原因となって生態系が変化し,その変化が人間にとって好ましくないものならば,なんらかの対策が必要となる.適切に対策を講じるためには,どのような変化が起きているかをきちんとモニターし続けなくてはならない.また,生態系の機能にだけ注目すればよいというものでもない.生態系全体の機能への貢献は小さいと考えられる生物種も少なくないが,それらの種類もまた長い進化の歴史を背負った存在であり,絶滅により失われてしまえば二度と取り戻せない.それはたいへん悲しいことであり,好ましくないことだと思う.

おわりに

現在は,地球温暖化問題ブームとも言うべき状況に感じられる.さまざまな組織がきそって温暖化問題への取り組みをアピールしている.しかし,自然環境への脅威となっている要因は地球温暖化だけではない.人間による土地改変や直接の採取・狩猟圧などは,はるかに強い絶滅要因となっている.森林を切り開き,湿地を埋め立て,川の岸辺を固める.あるいは再生能力を超えた資源の採取や密猟・盗掘など,目に明らかなマイナス要因はいくらもある.北極の氷とホッキョクグマに注目するばかりに,これらの問題を忘れてしまってはいけない.さらには,温暖化を含めたさまざまな脅威から守りたい自然とは何なのか,自然そのものへの理解を深めることが,自然環境を守るための最初の一歩である.地球温暖化の影響についての解析記事のまとめらしくはないが,まずは日々の暮らしのなかで自然に目を向けていただくことをお願いして本稿を閉じる.


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