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「かんきょう」2000年8月号(pp40-41)の[環境研究最前線]欄に掲載された文章です.

シミュレーションモデルを使って森林の保全策を考える

August 2000

はじめに

生物をなるべく自然な状態で保全するには保護区の設定が不可欠である.しかし,保護区として設定可能な面積にも,かけられるコストにも限りがあるのがふつうである.どれだけの面積でどれだけの多様性が保全されるのかを定量的に知ったうえで,適切な選択をする必要がある.

とはいえ,保全の効果を実験的な手法で調べることは,現実的でない場合もままある.森林の面積を減らすとどれだけ多様性が失われるかを,保全対象の森林を伐切して実験するわけにはいかないし,長期的な影響を見るには時間がかかる.現実の森林での実験にかわるものとして,モデルを利用したシミュレーション実験がある.本稿では,森林を対象にして局所的な樹種の消滅確率を検討するためのモデルを紹介する.


空間のひろがりを考えない森林モデル

まず,もっとも簡単なモデルを考える.N本(たとえば1万本)の木があるとする.それぞれの木はなんらかの種類に属している.一世代のあいだに木々が順次死んでいく.一本死ぬごとに,木々が作る種子からランダムに選ばれたひとつが成長して埋めあわせるとする.空間のひろがりを考えない,きわめて単純なモデルだが,木が死んでできたすきまを新しい木が埋めるという森林の更新プロセスが表現されているし,個体数の多い樹種が次の世代にも多くの子孫を残すというのも現実的な仮定である.

どの木も同じ数の種子を作るなら,各樹種が,現在の個体数に比例して種子を供給することになり,樹種の個体数の比率はいつまでも変わらないように思われる.しかし,たくさんの種子からひとつを選ぶときの偶然性のために樹種ごとの個体数は変動し,時に消滅する種もある.平均すれば1/6の確率で出るはずのサイコロの1の目が,10回ふって一度も出ないこともあるのと同様である.現実の森林でも似たようなかたちで確率的な種の消滅が起きているものと考えられる.シミュレーション計算の結果は,森林全体の木の数が多きいほど,そこに生育する樹種の消滅速度が劇的に小さくなることを示している(図1).

図1 図1  80種の樹種からなる仮想森林での,偶然による種の消失過程.個体数が大きいほど消失しにくい.

空間のひろがりを考える − 親木のまわりに落ちる種子

自由に動き回れない植物の生活を理解するうえで空間構造は無視できない.土壌条件などの空間的なばらつきはもちろんのこと,近所の個体との資源をめぐる競争や,種子や花粉の散布など,空間構造と密接にかかわる要素は多い.

2次元の格子で森林を表すモデルを考えて,種子が親の近所に散布されるという仮定を入れてみよう.碁盤状の格子の一マスに一個体の樹木が生育できると考える.木が死んだ空白のマスは,近所の木が散布する種子のなかからランダムに選ばれたものが埋めるとする.このモデルを使って予測してみると,前に述べたより単純なモデルよりも,種の消滅が起こりにくい.空間構造が樹種の消長パターンに影響を与えるのである.

また,森林のなかに他の樹種よりも作る種子数が少ない種が混在したらどうなるか.当然ながら,そのような繁殖力の低い種は消滅する可能性が高い.ただし,どの木も自分の近所にのみ種子を散布するならば,多産な親木の種子も親木の周囲に限定的に散布されるので,繁殖力の弱い種が排除される速度が遅くなる.(図2).この予想は,森林での種の共存のしくみを理解するうえで,重要な意味を持つだろう.

図2 図2. 50,000個体からなる仮想森林を構成する80種の樹種のうち,40種の繁殖力を20%低下させたときの,それらの種の消失過程.種子が親木の近くに散布されることを考慮すると(実線),空間のひろがりを考えない場合(点線)と比べて,繁殖力の弱い種も消失しにくくなる.

遺伝子の空間分布パターンを考慮したモデル

植物には,自分の花粉がめしべについても種子が稔らない,自家不和合性と呼ばれる性質を持つものが少なくない.これは近親交配の害を避けるための仕組みと考えられている.自家不和合性の植物では,めしべや花粉のタイプが遺伝的に決まっており,自分と別タイプの花粉を受粉したときのみ種子が稔る.タイプが異なる複数の開花個体が花粉が届く範囲内にないと種子ができないため,いちど個体密度が低下すると絶滅に拍車がかかりかねない.

種子が親木の近くに散布されることは個体の空間分布パターンに影響する.また,散布された種子は親から遺伝子を受け継ぐので,近所に同タイプの個体が集中する傾向もあるだろう.こうした現象をモデル化するには,空間のなかでの花粉や種子を介した遺伝子の流れを扱う必要がありそうである.

そのようなモデルを作ってシミュレーションしてみると,花粉の供給を考慮しないモデルの予想とくらべて,樹種の消失速度が早まることが確かめられる(図3).また,花粉の散布距離を短く設定するほど,花粉の制限による絶滅の促進効果は強まる.このことは,花粉を運ぶ昆虫などの役割の重要性をも示唆している.

図3

図3. 50,000個体,80種の樹種からなる仮想森林での種の消失過程.種子が稔るには遺伝的「タイプ」が異なる個体の花粉が必要であると仮定すると(実線),花粉の必要性を考慮しない場合(点線)よりも,種の消失が起こりやすいと予想される.


モデルの上手に利用する

はっきりした根拠なしに「保護区はこれだけあれば大丈夫だ」「いや,大丈夫とは限らない」という水掛け論を続けても得るものは少ない.自然についての現在の理解をもとに,仮定を明確にして作られたモデルでは,仮定の確かさ,誤差の大きさなどを科学的に議論することができる.もちろんモデルは万能ではない.単純化のために何を無視しているのか,また,モデルで使われているパラメータの値はどれだけの誤差を含んでいるのかなどをつねに意識しつつ,上手に利用していくことが必要であろう.



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