2001-07-03
updated on 2009-08-17
別の文章 で,学会での質疑応答のやりかたについてちょっと触れました. 多少は重複するところもありますが, この文章では,私が何を考えてどのようなことを質問しているのかを, もう少し詳しく書いてみます. 必ずしも「質問のすすめ」ではないのですが, ひょっとして学会やセミナーの初心者の方などが質問をする際の参考になれば 嬉しいです.
私は会期が3日間の学会に行くと10回前後は質問しています. (←これは口頭発表だけの大会の場合です.最近はポスター発表が多いので状況は変わりましたが,ポスターの説明をしてもらったら必ず何か質問や意見を言うことにしています). セミナーでも,ほとんどの発表に対してなんらかの質問をします. 私にとって質問には3つのメリットがあります.
まず,発表者とのやりとりを楽しめることです. 研究が楽しくて研究者をやってる身としては, 研究をネタにした会話ができるのは,それ自体が楽しいことです. 興味深いテーマの研究をネタに,つっこんだやりとりができるととても楽しく, やる気レベルも上昇します. うまくはまった応答は,あとで頭のなかでリプレイして楽しんだりすることまであります.
2番目は,質問するつもりで聞くと身が入ることです. 質問をするには,話の論理をしっかりとフォローする必要があります. 漫然と聞いていたのでは質問できません. 単に自分が聞き逃していただけのことを質問するのは恥ずかしいので, 質問してやるぞという気構えで聞くと,おのずと集中します.
3番目は,やや邪道かもしれませんが, 発表者に対して,自分の存在をアピールできる ことです. おもしろい研究をしている研究者とは,ぜひ話をしてみたくなります. 的を射た質問をすれば,自分がその研究に関心をもっていることを発表者にアピールできます. そうすれば,学会やセミナーのあとでも個人的に話がしやすくなるでしょう. というわけで,ぜひこの人とは議論してみたいと思う人の発表に対しては, 無理にでも質問をひねりだすこともあります (やっぱり邪道でしょうか). また,学会での質問は,発表者へのアピールだけでなく会場の聴衆のみなさんにたいしても, 自分はこういうことに関心を持っている人間だとアピールすることになります.
要するに,「見る阿呆」である聞き手は,「踊る阿呆」である発表者に質問をすることで, 少しは一緒に踊ることができる, 「見る阿呆」よりも「踊る阿呆」のほうが楽しいのは 阿波踊り も学会も同じ,ということかもしれません.
私はどんなことを質問しているかを思い返して書いてみます.
まず,論理の展開のなかで重要な前提になっているらしいけど自分は知らないこと について説明を求めることがあります.このタイプの質問をするときには, ひょっとしてそんなことは常識で,知らないのは自分だけなんじゃないか, だったら恥ずかしいな,という気持ちが邪魔をします.これを克服して, なるべく低姿勢で教えを乞います.
論理がよく理解できなかった部分について,確認したり説明を求めたりという 質問もよくします. これまた,理解できないのは頭の回転が鈍い自分だけではないかという 不安を克服しながらの質問です. ただ,学会の限られた時間のやりとりでは,すっきり疑問氷解ということろまでは いかないことが多々がありますが.
発表を聞いて喚起されたアイデアを述べて,講演者の意見を聞くこともあります. 思いついたアイデアは,発表者の話に密着したもののこともあれば, それに関連したやや別のテーマに関するもののこともあります. ほとんどの場合,そのアイデアを使ってほんとに自分が研究を始めようと思って 質問しているわけではありません.発想と議論を楽しむのがおもな目的です.
上のタイプの変形として,話を聞いて思いついたアイデアを補強するための ポイントを質問することもあります.この場合,自分のアイデアには触れずに 質問だけすると,聞かれた側はなんでそんなことを質問されたのか 分からないままになります.これではちょっと失礼かもしれないので, なんでこんなことを質問するのか,なるべく簡単に補足するようにしています.
具体的な調査方法や解析方法の質問は定番です.自分でもやってみたいことや, どうしたらそんなことが可能なのか不思議に思ったことについてはこの手の質問を することになります.ただ,学会での質疑応答だけで実験を再現するのは難しいでしょう. あとで個人的に詳しく話をきくためのとっかかり作りという意味が強くなります.
論理に矛盾を感じたときや,調査方法,解析方法などに不備を感じたときに, 疑問点を述べて説明を求めるのも定番の質問です. ただし,おかしいなと思っても,自分が誤解しているのかもしれませんから 「お前は間違ってるぞ!」と決めつけてはいけません. あくまで冷静に疑問点を確認します.
これらのほか,私はめったにやりませんが,質問ではないですがと 前置きして,「こういう点でたいへんおもしろい研究でした」という 感想を述べるというタイプもあります.話し手にとっては励みになります.
どんな場面でもぜんぜん緊張しない人は緊張しないのでしょうけど, 蚤の心臓の持ち主である私は,質問をしようと思うだけで胸がドキドキしたり 足が震えたりすることもあります. 知らない人の前で発言することの恥ずかしさのほか,間抜けな質問をして 笑われるのではないかという緊張感もあります.それでも思い切って 質問したはいいけれど,緊張のあまり相手の答えがさっぱり頭に入らない, ということもありました.
こればかりは性格的なものもあって,緊張するなといくら自分に言い聞かせても そう簡単にはリラックスできません.場数を踏んで慣れるしかないのでしょう. 少しでも質問しやすい状況からはじめて,徐々に慣れていきましょう..
たとえば,学会よりは研究室のセミナーのほうがはるかに緊張の度合は低くなります. セミナーでどんどん質問して質問慣れすることで,大勢の知らない人やエライ 人たちがいる環境でも質問しやすくなっていくのではないでしょうか. また,自分より年長で面識のない人よりは,同年輩や多少とも面識のある人のほうが 質問しやすかったりします.
また,最近はポスター発表の機会も多くなりました.ポスター発表なら発表者と1対1, まわりに他の聞き手がいてもせいぜい数人です.口頭発表会場の数百人の前で質問する よりはずっと気が楽なはずです. ポスター発表についての文章中の 聞き手の心得の節も参考にしてください.
なお,私は自分に自信がないためにかえって虚勢を張ってしまい, あとで自己嫌悪になることがあります. 無理に賢そうに質問するのではなく,かといってオドオドすることもなく, 謙虚に教えを乞うつもりで質問しましょう.
学問の場ではだれでも平等などと言いますが,それは機会の平等であって, 実際のところはメジャーな人,エラい人,鋭い人,物知りの人,弁の立つ人がいます. そんな人たちに対して質問しようと思っても,やっぱり気おくれしがちです.
でも,どんな立場の人であれ,楽しそうに発表している人は質問にも 楽しそうに対応してくれるような気がします. 好きで研究して,おもしろい研究だと思って発表している人にとって, 一番悲しいのはだれもなんの反応も示してくれないことです. 真剣に質問してくれる人は大切なお客さんですから,丁寧に対応してくれるはずです. 楽しそうな発表はあなたへの招待状だと思って,勇気を出して質問してみましょう.
質問は,聞きたいことを素直に聞けばいいのですが,こういう聞き方は まずいなと思って私が気をつけている点をいくつかあげてみます.
まず,だらだらとした冗長な質問はよくありません. 要点をしっかり絞った簡潔でスマートな質問を心がけます. そのほうが要点が明確な答えをもらいやすくなって,自分のためにもなりますし, 他の人の質問時間を奪わないという礼儀にもかなっています. それに,スマートな質問ができると自分の頭がよくなったような気がして,気分がよくなります.
質問の名を借りた自説の展開や蘊蓄の開陳もいけません. やりとりの場であるはずの質疑応答の時間が,飛び入り独り芝居の時間になってしまいます. 特に時間が限られている場ではきわめて身勝手な行為と言われてもしかたがありません. 自分をアピールしたい気持ちはだれにもあるでしょうが, やはり場をわきまえる必要があります.
感情的な質問もいけません.「おまえの研究スタイルは間違ってる!」 と怒りながら質問したり,「なんか勘違いしてんじゃないの?」みたいな 相手を小馬鹿にした態度で質問しても,みんなが不愉快になるだけで, ぜんぜん有意義ではありません. 冷静に疑問点を指摘すれば,発表者も冷静に考えて対応してくれますが, 感情的で攻撃的な質問に対しては,発表者はひたすら防御しようとするだけです これではお互いに得るものがありません.
発表者の近くの席の人は,発表者にだけ聞こえればいいやというような小さな声で 質問してはいけません.質疑応答の時間は,その場のみんなのものです. すべての聴衆に聞こえるような声で質問しましょう. 大きな会場で,係がマイクを持ってきてくれる場合は,マイクが来るのを待ってから 質問します.答えるほうも,質問者だけを向いて答えるのではなく, 聴衆全体に聞こえるように話しましょう. 「今,こういう質問をいただきましたが,これについて私はこう考えます」 というメッセージが会場全体に届くように気をつけます.
聴衆が数人のポスター発表や, 参加者がみな気心が知れている小人数の勉強会ならともかく, 手をあげずにどんどん質問してしまうのは反則です. 手をあげて指名を待っている人に対してたいへん失礼なことになってしまいます. かならず座長や司会者,ないしは発表者に発言の許可を求めてから質問しましょう. みなが礼儀正しい積極性を心がければ,気持ちのよい討論ができるでしょう. もしも勝手にしゃべりはじめる人がいたら,司会者は 「手をあげている人がいますからちょっと待ってください」 と注意を促すべきです.
では,発表者の側は何を心がけて質問に対応したらよいでしょうか.
一番大切なことは,質問のポイントを的確に理解することです. 質問の途中で早合点して答えを頭の中で作り始めてしまい, ピントはずれの返答をしている人をときどき見掛けます. 焦ってはいけません. まずは落ち着いて質問者の意図を整理し,答えの要点を頭の中に思い浮かべ, それからおもむろにお答えしましょう.
質疑応答の時間が2,3分しかない学会では,とにかく簡潔に答える必要があります. 饒舌に背景説明や言い訳や関連事項を述べたてるのは質問者やほかの聴衆の イライラを招くばかりです.まずは相手の質問に対する直接の答えを簡潔に述べて, どうしても必要な補足があれば簡単に付け加えるぐらいがよいでしょう.
たとえば,「これこれこういう測定はしてみましたか?」という質問に, 「現地の状況はこれこれで,材料の状態はこんなで,あと調査にいったときはこんな天候で… というわけで,測定したかったんだけど,できませんでした」と答えたところで時間切れ, というのはいけません.まずは「それは測定しませんでした」と答える. そして,状況に応じて「なぜなら…」を補足するならする. たいてい,質問者も聴衆も,測定しなかった言い訳にはあまり興味はありません. もしかしたら,質問者は「もし測定したらこんなことが分かっておもしろいのでは?」 といった意見を言いたいのかもしれません.言い訳をしているあいだに 有意義なコメントをもらう時間がなくなってしまったら,とてももったいないことです.
「なぜ○○を材料に選んだのですか?」のような,英語で言うところの WH疑問文への答えも同様です. まず最初の一文で答えを示すように心がけましょう. 直接の答えを示さずに周辺状況をいろいろ説明して そこから必要な情報を抽出する作業は質問者や聴衆にゆだねるのは, 時間もかかるし,聞き手に負担を強いるし,意図が正しく伝わらないことも多くなります.
学会よりも時間がとれるセミナーでは,論を尽くした議論が可能になりますが, それでも,ひとつの発言を長くするよりも,やりとりの回数を増やすことで 議論を深めるほうがよいように思います.相手から投げられたボールを ひとりでもてあそぶのでなく,ふたたび相手に投げ返して次のボールを待つ ほうが楽しめます.
質問者が立っている土俵を推しはかり,自分の土俵を客観視したうえで, 2つの土俵をつなぐように努力することも大切です. これはとくに研究分野が多少とも異なる人からの質問に対応するときに 重要になります. あいてがボクサーであろうがレスラーであろうが,はたまた 日本舞踊のお師匠さんだろうが,おかまいなしに一人で相撲を とり続けようとしても,意味のあるやりとりは望めません.
また,専門が近い人からの質問であっても, どんな狙いがあっての質問なのか,あるいは自分の発表内容の どの部分がどう誤解された・伝わらなかったからこういう質問が出てくるのか, 想像力を働かせましょう. 相手の発想を理解する努力をしながらの質疑応答は,内容の濃いものになるでしょう. 一方,意図を理解しようとせずに聞かれたままを答えるだけでは, 「うんとかすんとか言え」と言われて「うんとかすんとか」と答えるようなやりとりに なってしまいかねません.
質問に対して過度に防衛的になると,やりとりが楽しめません. やってないことや考えてないことをつっこまれたからといって, 言い訳に終始してしまってはおもしろくありません. それはそれで認めたうえで,次に何をやったらおもしろそうか, どんな仮説があり得るか,などその場で考えて議論できたら有意義でしょう. 質問は受けて立つものではなく議論のとっかかりであると捉えて, 質問者とのかけあいを楽しむ気持ちを持ちましょう.
私が自分の「臆病な自尊心と,尊大な羞恥心」(中島敦「 山月記 」より) とどのように折り合いをつけながら学会やセミナーに臨んでいるか,という あたりが出過ぎてしまったかもしれませんが,話し手と楽しく「踊る」 のに参考にしていただける部分があれば幸いです. また,感想,ご意見などいただけると嬉しいです.