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聞き手に届く学会発表のために − 口頭発表の心得

1999-11-29
updated on 2008-09-08

学会やセミナーなどで,研究者は自分の研究成果や考えを発表します. こんな研究をしたとか,こんなことを考えたということを,人に伝えるのが目的です. どうせ話すなら,自分のメッセージがよりよく聞き手に伝わってほしいのは当然です.

この文章は,少しでも聞き手に届くような話をするために 私がどんなことに気をつけているかを書いたものです. そのほとんどは学会で人の発表を聞きながら学んだことです. 心がけに関することがおもで,見栄えのよいプレゼンのテクみたいなことは ほとんど書いてません. 「学会発表のために」と題していますが,学会に限らず, 修士論文や博士論文の発表会でもあてはまる部分が多いと思います.

また,この文章では口頭発表を念頭においています. ポスター発表については 「 聞き手と触れあうポスター発表のために 」 という文章を書きました. また,この文章の最後で質問への答え方についても触れていますが, 質疑応答については 「 学会やセミナーで質疑応答を楽しむ 」 という文章を書きました. あわせてご覧ください.


前提1:話したいことがあってこそ

当たり前のことですが,伝えるべきメッセージもなしにいい話はできません. 「ねえねえ,聞いて,聞いて!ぜったいおもしろいんだから」という気持ちが 話し手にないことには迫力のある話になりません.

自分が明確なメッセージを持っているかどうかを確かめるひとつの方法は, 話のあらすじを30秒ぐらいで説明できるかどうか試してみることです. 5秒でや10秒ではだめ.この長さだと,○○の××を調べました,だけで終わってしまい, そのなかにメッセージを込めることはできませんから.

箇条書き的に題目を暗唱するのではなく,目の前の人間に語りかけるつもりで 論理が通った粗筋として30秒でしゃべれるかどうかチェックします. うまくできなかったら,自分が言いたいことはなんなのかをもう一度落ち着いて 考えます.

調査はしたけれど/実験はしたけれど/シミュレーション計算はしたけれど, その結果の意味するところが十分に咀嚼されてないと,あらすじを示すことはむずかしいでしょう. 箇条書き的に「あんなこともあった」「こんなこともあった」 ということしか言えません.これでは聞き手にメッセージを伝えることはできません. 否,正確には,まだ伝えるべきメッセージが用意できていない,といういうべきでしょう.


前提2:聞き手が神様

以前,ある人がこんなことを言っていました. 「ほとんどの聞き手は,話し手のために聞いてくれているのではない,聞き手自身 のために聞いているのだ.話し手のために聞いてくれるのは家族か恋人ぐらいだ.」

まったくそのとおりです.話し手は何ごとかを伝えたくて 話すのですが,聞き手の側は,おもしろい話なら聞いてやってもいいよ,という のが基本スタンスです.聞き手にはなんの義務もありません.

しゃべった内容が相手にちゃんと伝わらなかったら悲しいのは話し手です. ぜひとも聞いていただき,分かっていただくのだという気持ちで,めいっぱい サービスしなくてはいけません.聞いてもらえなかったり,分かってもら えなかったら,話し手の負けです.「なんで分かんないんだよ」と怒っても はじまりません.


心がけ1:分かりやすく

分かりやすい話の第一の条件は,話の流れがはっきりしていることです. 漫談や雑談ならともかく,研究発表ならばなんらかの筋道があるでしょう. ストーリー展開が見えないままにばらばらのデータが並べられていく話は分かりにくく, 印象にも残りません. 必要な情報はぜんぶ提供してるんだから文句ないだろう,という姿勢ではいけません. 文章や図のあいだのつなぎの言葉にも注意しながら,筋立てのある話をつくりましょう.

筋道が通った発表をするうえで,発表原稿を用意することは効果的です. 私は,書いた原稿を発表本番で読み上げることはしません. それにもかかわらず原稿を書く一番の目的は,喋る内容の論理を整理することです. 論理が通った文章が書けないとしたら,頭のなかでも論理が通っていないということです. そして,論理が通っていない話が分かりやすいはずがありません. 頭の整理をしながら論理の通った発表原稿を書く努力をします.

原稿を書きながら,一人で口のなかでモゴモゴと読んでみます. 目で追うだけでなく,気持ちを込めて口を動かしてみます. 長すぎる文,ねじれた文,論理が通っていない文,ちゃんとストーリーが展開してない文は, 気持ちを込めて読もうとしてもうまく読めません.うまく読めなかったら文章を練り直します. 少々込み入ったことがらの説明は特に注意して言葉を選び,じゅうぶんにセリフを練ります.

原稿を書く過程で,内容の取捨選択もできます. アドリブが入ったり聞き手の様子をみながら言葉を足したりすることを考えると, 発表1分あたり原稿 300から 350 字程度が目安です. ゆっくり時間をかけて文章を練ってもこの字数のなかで説明しきれないなら, ましてアドリブで説明できるはずもありません. 目安の字数の範囲内でじゅうぶんに説明できるように内容の取捨選択をします.

内容を無理に詰め込みすぎると,

などの好ましくない結果を招きがちです. 10の内容をあわてて話して 2しか伝わらないよりも, 7の内容を落ち着いて話して 5を伝えるほうが望ましいでしょう (話したことを 100%伝えるのは,そうできることではありません).

原稿を書くことのメリットのひとつは,発表練習をして改善するべき点に気がついたとき, 原稿を直すことでそれを形にして残せることです. 何回も練習し,そのたびに改善点を原稿に反映させていけば, 確実によりよいものができていきます.

このことは,とくに学会発表の経験がほとんどない学生の場合には重要でしょう. 指導者から注意されたことが実際の発表に反映されないのでは意味がありませんし, 指導する人も困ります. 受けた注意を参考にして原稿を直し,発表者と指導者も確認しあえば安心です.

説明のしかたは,少々親切すぎるぐらい親切に,を心がけます. 自分にとっては使いなれた言葉や概念でも,ちょっと専門分野の違う聞き手には 耳なれない言葉かもしれません.必要におうじて言葉の意味の説明をさしはさんでいく 必要があります. 音だけ聞いても字が浮かびにくい言葉,同音異義語がおおい言葉にも 注意が必要です.聞き手の前提知識への配慮については,あとでもういちど触れます (>聞き手の知識に過度の期待を持たない).

分かりやすい話をするためには,分かりやすい図も必須です. どういう図が分かりやすいかというのはなかなか難しいのですが, 私は,その図の説明がしやすいかどうかをひとつの指標にしています. 分かりやすい図だとすっきり説明できますが, 分かりにくい図だと説明もどうしてもゴタゴタします.

本来,図は説明の補助であって,「図を使って説明する」というもののはずですが, 分かりにくい図だと「図を説明する」ことに終始して,伝えたいメッセージを 伝えることがおろそかになりがちです.「図を説明する」のではなく「図で説明する」 という意識で,説明の助けとなる図のデザインを工夫しましょう.


心がけ2:聞きやすく

発表者の声が小さすぎて困ることは多いですが,大きすぎて困ることは(めったに) ありません.声が届かないためにメッセージも届かないなどということのないように 気をつけます.

淡々とした語りよりも,めりはりのある,ポイントを強調した喋り方のほうが, 聞き手の理解を助けます. これだけは分かってくれ!という気持ちをこめて聞き手にメッセージを届けましょう (そのメッセージがなんなのか自分でもよく分からない場合は 前提1 に戻る). 話すときに聞き手の目を見るアイコンタクトの重要性はよく言われますが, うつろな目を向けられても聞き手としてはノってきません. 「聞いて,聞いて!」の気持ちを胸に,お願いするつもりで 聴衆に目を向け,語りかけます. 原稿に目を落としたまま棒読みするなど,いちばんまずいしゃべりかたです.

しゃべるスピードが速すぎてはいけません. 話が速すぎると,聞き手が頭のなかで咀嚼する時間がなくて,話の流れを フォローできなくなります.その話題にくわしくない人ほど咀嚼に時間がかかります. 多くの聞き手に理解してもらおうと思ったら, 急ぎ過ぎないことです.特に,文と文のあいだに間合いをとると, ひとつの文の内容を咀嚼する時間が持てていいようです.

時間内に話せるかどうかという不安があると,ついつい急いで話しがちです. そういう不安をなくして余裕のある発表をするためにも,事前に発表原稿 を書いてみることは有効です.

聞き手の集中力には限りがあります.一度は聞き逃してもあとで 追いつけるように,重要なポイントほど繰り返して話すようにします.

発表中で略号で使う場合にも,聞き手が略号の意味を忘れたがためにあとの 話がチンプンカンプンになるという事態を避けるために適度に説明を反復します. 聞き手の記憶力に期待しすぎてはいけません.

そのほか,基本的なことですが,

なども,聞きやすくて聞き手によけいなストレスを与えない話の条件です.


心がけ3:見やすく

上にも書いたように,見やすく分かりやすい図は話の理解を助けます. データ等を示すためでなく,概念などの説明のための図もまめに用意します. 理解を助けるはずの図が見にくかったり分かりにくかったりしたら, なんのための図か分かりません.1にも2にも「見やすく,分かりやすく」 を心がけます.

聞き逃しへのフォローも念頭に置いて図を作るとよいでしょう. グラフの軸の横にはぽつんとαと書いてあるだけ, 発表の最初のほうで一度その意味を説明したあとは「アルファ」と読むだけ というやりかたでは,最初にアルファの意味を聞き逃した人にとっては, あとの発表が全部意味不明になってしまいます. 図の中にアルファの定義がちょっと書いてあれば,説明を聞き逃した人も それを読むことで話についていけるようになります.

投影資料(OHP だの,プレゼン用ソフトで作製したファイルだの)の字は, 小さすぎて困ることはあっても大きすぎて困ることはありません (極端に大きい字を使う, 高橋メソッド というものもあります). 視力検査ではなく,読んでいただくための字ですから,大きくはっきり書きます. たとえば A4 サイズ上で作製したイメージを投影する場合, 私は極力 28ポイント以上の文字を使うようにしています.

充分な大きさの字を使うためには,一枚の資料の多くを詰めすぎないことも重要です. 1枚に押し込まずに2枚に分けるとか,見せるデータを絞るなどの工夫をします.

文字を入力したところは充分な大きさでも,グラフ中の字や記号が小さすぎる 投影資料もよく見かけます.プロット記号が小さすぎると,色や形の区別がつきません. また,明るさに差がない色も区別がつきにくいものです.濃い赤,濃い青,そして黒などと いう組み合わせでは,ちょっと投影条件がわるいとまったく区別がつきません. 区別して欲しいものは,色の種類だけでなく明暗の差も大きくしましょう.

人前でのプレゼンテーション用以外の目的で作られたものを流用する場合は, 特に注意が必要です.論文や書類を拡大もせずにそのままコピーしたり スキャナーで取込んだりして写すと,往々にして字が小さくて読めません. 見ていただくための資料ですから,十分な拡大をしたり, 字の部分は大きな字で加筆するなどの努力を惜しまないようにします.

見やすいということと,見た目がきれいであるということは別です. 色使いの派手さで人目をひいても,見やすさが伴わなければ無意味です. 派手な背景の絵がじゃまになって,見せたいグラフが見にくくなってしまうなどという 失敗をしないように,気をつけます.

ポインタは,指したいところとぴたっと指し,指しおわったらどこも指さない (レーザーなら消す,棒なら指すのをやめる)のがよいでしょう. 漫然とふらふら指してるのはとても目ざわりで,聞き手はイライラしてしまいます. また,指す,指さないのめりはりをつけることで,ほんとに見てもらいたい ところに注意を集中してもらいやすくなります.


そのほかの注意点

時間厳守:基本中の基本のマナー

持ち時間を守ることは大切です.特に学会での時間超過は禁じ手です. 多くの人に迷惑をかけてしまいます.会場から会場へと移動する 人のことまで考えると,その迷惑は他会場にまで波及します.

また,せっかく発表の内容に興味を持って質問をしたいと思った人が いても,質疑の時間が残されなければ質問できません.これは質問者に とっても話し手にとっても損失です.

制限時間内で話す確実な方法は発表原稿を書くことです.本番でこれを 読み上げなくとも,一度書いて整理した話なら,とりとめもなく長く なってしまうことはありません.

聞き手の知識に過度の期待を持たない

研究室内で研究の話をするときは,専門分野が共通であったり,自分がどんな研究を してるのかみんなが知ってくれてたりするので,かなりはしょった説明をしても 理解してもらえることが多いでしょう.でも,いろんな人が集まる学会や, 専門が違う教授たちを前にして話す学位論文の発表会などではそうはいきません.

「○○について,世の中ではAだと言われているけれど, 新しい着眼点で調べてみたらなんとBだと分かった」 というのが売りの研究を発表するとします.研究室内では,「Bでした」とだけ言えば 「○○について,世の中ではAだと言われているけれど,新しい着眼点で調べて みた」ということは聞き手が頭のなかでおぎなってくれるので, 「なんとBなのか,こりゃおもしろい研究だ」と感心してもらえるかもしれません. でも,一歩研究室の外に出たらそんな期待はできません.それが新しい着眼点だなんて 分からない.いや,世の中ではAが常識だということも知らない.そもそも○○なんて 見たことも聞いたこともないし,なんで○○の研究なんてするのか見当もつかない. そういう人たちにアピールするには,それなりの説明をしなければいけません. もちろん基礎知識全部を詳細に説明する時間なんてありませんから,自分の研究をアピール するために最低限必要なところだけ,ポイントをしぼって説明しましょう.

どこまで説明をする必要があるかという目安としては, たとえば大学院生だったら「別の研究室に行った同級生」に通じるぐらいていねいに, と考えたらよいかもしれません.

ていねいに説明しすぎると聞き手をバカにしてると思われるんじゃないか,専門語をたくさん つかったほうが賢そうにみえるんじゃないか,などと考えてはいけません. 基本的な論理をかみくだいて分かりやすく説明できる人は,自分のやってることをきちんと 理解してるなと肯定的に評価されることはあっても,低く評価されることはないはずです. いっぽう,専門外の聞き手を考慮せずに発表し,ようするにどういうことかと 質問されても専門語を並べたてた答えしかできない発表者は,ほんとに自分の研究の意味を 理解してるのか疑われてしまうかもしれません.

事前の練習:批判の雨に身をさらす

事前に人前でしゃべってコメントを求めることは有益です. (ほとんど)すべてのコメントは参考になります. 批判的なコメントも素直に聞かせていただきます. まったくの誤解に基づくコメントであっても,そういう誤解をされうるのだ という重要な情報です.それを参考に,本番で誤解を生じないような工夫を することができます.

事前の練習で発表を改善するためにも,いったんは発表原稿を書いてみることが重要です. まずは一度原稿を書いて,もらったコメントを参考にしてそれに手をいれていけば, しだいによい発表原稿になるはずです.いつも即興で発表していては,なかなかそうはいきません. もらったコメントをすべて頭にいれておいて,発表しながらそれを反映させていく なんてとてもできないでしょう.

質疑応答:めざすは簡にして明

学会の一般講演の質疑応答の時間はせいぜい数分間程度です. 質問も答えも,なにより簡潔を心がけます. 質問のしかたについては, 「 学会やセミナーで質疑応答を楽しむ 」に書きました.ここでは答える立場で気をつけることを書いてみます.

質問を受ける時は,スクリーンだの原稿だのを見るのではなく, 質問者の顔をしっかりと見ながら耳を傾けます. 学会発表では,つまらない話だと思われたり,さっぱり分からないと思われたら, たぶん質問はほとんど出ないでしょう.質問されるということは,ある程度は 話が通じたということだし,関心を持ってもらえたということだと思って安心しましょう. 質問を落ち着いて聞き,その内容を頭のなかで整理していきます.

どんなことを聞かれるのか心配だ,分からないこと聞かれたら困っちゃう, 間違いを指摘されたらどうしよう,などという防御的な心構えではいけません. 質問もちゃんと頭に入らなくなります. なんでもどんどん聞いてくれ,おもしろい質問だったら嬉しいな,喋りたいけど時間がなくて 触れられなかったことを引き出してくれるような質問も歓迎だ,ぐらいの気持ちを 持ちましょう.

質問者がどのような土俵に立って何を知りたがっているのかをしっかり押さえたうえで 頭のなかで答えを用意します.初心者のうちは,往々にして土俵を取り違えたり疑問点を 誤解したりしがちです.そういうことのないよう,答えはじめるまえに, これこれこういう質問ですね?と確認するのもよいでしょう.

答えは的確かつ簡潔を心がけます. 簡潔に答えられれば,そのあとの議論に時間を残すことができます. 周辺事情を長々と説明してせっかくの議論の時間を消費してしまう のはもったいないことです.特に,質問の意味を取り違えてしまった ような場合,見当はずれの長い答えのあいだに質疑応答の時間が終わって しまったらとてもむなしいです.

「やってません」,「分かりません」といった答えを避けようとして, さまざまな言い訳をしてしまったり違う話題にすりかえてしまったり するのは時間を無駄にするばかりでまずい対応です. やってないことはやってない,分からないことは分からないと 言えばよいと思います.


いろいろ分かったようなことを書きましたが,私自身の発表はまだまだ きわめて未熟だと思っています.言うは易く行うは難し,です. もしどこかの学会やセミナーで私の話を聞いてくださる機会がありましたら, 率直な批判をお聞かせください.


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