先週は中央本線とその周辺をうろうろした。 岐阜県内では中津川市の恵那峡に宿泊。 宿の窓から木曽川対岸に、オレンジ色の岩が見えた。 人工的な色かと思ったら、紅岩と呼ばれる県の天然記念物で 地衣類の1種に覆われたものだった (写真)。 地衣類はダイダイゴケ属の1種(地衣類であって、コケではない)。 岩の大きさは高さがおよそ27メートル、幅が18メートルとのこと。
同じ宿の窓から見た、日の出直前の空 (写真)。 中央やや右の稜線が輝きはじめている。 すっかり日が昇った青空には、何本もの飛行機雲が走っていた (写真)。
木曽川にかかる恵那峡大橋 (写真)。 シンプルな上路アーチ橋。 そのすぐ下流には大井ダムがある (写真)。 水力発電専用のダムで、竣工が1924年というから去年がちょうど100周年だった。
もうずっと暑いんじゃないかという気がしていたが、ようやく夏は終わったようだ。
夕方近く、頭上を見上げたら高積雲が広がっていた (写真1、 写真2)。 これも一期一会の景色。見逃してはもったいない。
家の玄関のドアにとまっていたクサカゲロウの仲間、たぶんカオマダラクサカゲロウ (写真1、 写真2)。 翅や触角をのぞいた体の長さは1センチ程度しかない。 翅が美しい。
例年、冬を越しにカモたちが渡ってくる池に、はやくもヒドリガモがいた (写真)。 暑さのぶりかえしに驚くことがないとよいが。
池の縁を歩きながら獲物を探すコサギ (写真1、 写真2、 写真3)。 しばらくつきあってみたが、漁をするところは見られなかった。
家の網戸の外側にとまっていたスズメガの1種、ブドウスズメ (写真)。 地味だが、よく見るとかなり凝ったデザインだ。
星占いには科学的根拠はないと、天文学者がいちいち声をあげているのを見ることはない。 そんなことは分かり切ったことで、わざわざ批判するようなものではないからだろう。 生物学者を自称する福岡伸一氏のあれこれの「お話」に対して、生物学者が反論しているのをほとんど目にしないのも、 それと同じことだと思っていた。
ただし、福岡氏のお話は生物学の用語を使い科学を装っている分、星占いよりも困りものだ とも言える。 そのお話がますますひろがって、生物は本質的に利他的だとか、 植物は不必要にたくさん光合成をして動物に与えているとか、むちゃくちゃなことになっている。 あたかも専門家が一般の人にも分かりやすく話しているかのような語り口で、 まったく科学とは言えないお話をする。 ときおり、氏のそうしたお話があたかも科学的な学説であるかのようにマスメディアで 取り上げられることもあり、大手新聞社の科学部にも進化を理解している記者は ひとりもいないのかと憂鬱になる。
東北大学の河田雅圭さんが、福岡氏のお話への批判を公開された。 「動的平衡生命観」に生物学的根拠はあるのか – 問われる日本の科学リテラシー。 生物学の知識がないと完全に理解するのはむずかしいが、 「生物ってこんなものだ」「いやそんなもんじゃなくて、生物はこんなものだ」といった水掛け論的な イメージのぶつけ合いにしないためには、だれかが科学の言葉で問題点を示す必要がある。 進化を専門とする研究者がその作業をされたことに敬意を表したい。
きのうの夕方の空 (写真)。 この色合いが好きだ。雲と光が見せる景色はつねに一期一会。
先日、所用で行った先で、近くの村山貯水池に寄った。 西武線の多摩湖の駅から貯水池に出て堤防を歩いていくと、おしゃれな取水塔がある (写真)。 村山下貯水池第1取水塔だ。1925年完成。ということは、今年でちょうど100年になる。 そばにはもうひとつ、第2取水塔がある。こちらは新しくて1973年完成。 2つ並んでいるところ(写真)。 ちょっと角度を変えると、ふたつの取水塔のあいだに西武ドーム(ベルーナドーム)の屋根が見える (写真)。 取水塔のデザインはネオ・ルネッサンス様式だそうだ。 検索したら、建築デザイン的な考察をしている ページを見つけた。こちらでは、ネオ・バロック様式としている。私にはどちらが妥当か分からない。
アオイトトンボのオス (写真)。 林のなかで何匹も見かけた。 トンボ目のなかでも、イトトンボのグループは好みだ。
明日から涼しくなったあと、週末にまた暑さが戻るようだ。 もうすぐ秋分だというのに。
きのうは久しぶりにしっかりと雨は降った。つくばのアメダスの記録では、1日で57.5ミリ。 庭の畑の土も中までしっかり湿った。ありがたい。8月の降水量は平年地118.2ミリのところ、 今年は半分以下の55.0ミリだった。とくに後半、17日以降の降水量はゼロだった。 小なりといえども畑を持っていると(ほんとうに小だが)、おのずと日々の天気が気になるものだ。
庭のバジルの花に来たイチモンジセセリ (写真1、 写真2)。