葉が落ちた季節は、木にとまる鳥が見やすい。 ツグミの仲間のアカハラが、庭のアキニレに来ていた (写真←ぱっとしません)。
この押し詰まった日にもなお綱渡り中。さまざまな書類書きなど。 ほかにも綱を渡っているとおぼしき人々がメールをやりとりしている。
なにはともあれ、あと1日半たらずで年が明ける。 来年が楽しい年であることを心から願う。
休日は、ふだんと同じところを通っても時間が違うので 違う景色を見ることができる。 一日中被写体を探して歩き回れたらさぞ楽しいだろう。 出勤時には目をひかないクズのさやが、昼には太陽の光を受けていた (写真)。 密生する毛が輝いている。 夏のトロピカルな花 (写真) とは打って変わって、わび、さびの風情。
気が重い仕事を後回しにしていると、いつまでも気の重さを引きずり続けることになる。 ならばさっさと片づけて楽になればよいようなものだが、 そう簡単にいかない仕事だから気が重いのだ。
朝、しだいに明るくなる空を背景に庭の木のシルエットが浮かぶ (写真)。 葉が繁っているときとは違った風情がある。 いくら見ていても飽きない。 なので、なかなか腰が持ち上がらない。
来年三月の生態学会の 要旨集目次ウェブ版を自動生成して公開。いつどこでだれの講演があるかが分かる。 要旨そのものは現在登録受付中で、締め切り後に目次から個々の要旨にリンクを設定する。 こういう作業には心から充実感を感じてしまう。
折々の写真からの目次ページ( たとえば 職場の写真)に、それぞれの写真の撮影年月日を小さく付けてみた。 全部で300枚以上の写真にリンクしているので、プログラムを書いて一気に処理する。 日付が一覧できると、季節の移ろいや年による違いが見やすい。
カウントダウンは、今日を入れて99日。 知ったかぶりをせず、知らないことは知らないと言う世界に戻るはず。
先週に続いて、こんどの週末もよい天気。土曜の午前は庭木の剪定をしつつ、 カメラを持ち出す。
サンシュユの木の樹皮が薄く剥げ落ちつつあり、これが太陽の逆光を受けて光っている (写真)。太陽が少し動くと ここには光が当たらなくなり、この情景は消えてしまった。出会えてラッキーだった。
ロウバイの花が咲いて (写真)、水仙のような香りを漂わせている。 春早く咲くというよりも、晩秋の落葉に合わせて咲く花だ。下向きに咲くので、 芝に寝転がって見上げてみたら、背景に軒の曲線が入ってきた (以前に載せた 残月の写真を参照)。
落葉したツツジの冬芽や果実もよく見ればおもしろい被写体だ。 ドウダンツツジ(写真)、 シロヤシオ(写真)など。
庭のアキニレの実 (写真) をシジュウカラが来てつついていた。 下で人が動いたら、隣のセンダンに飛び移った。 葉がほとんど落ちた枝にとまっている構図がちょっとおもしろかった (写真)。
なおも続く綱渡り。
12月もそろそろ中旬だが、ところどころに名残の紅葉が見られる (写真)。 庭ではクロガネモチの赤い実が、濃い緑の葉を背景によく目立つ (写真)。 ところで、紅一点の背景の色はなにかと聞くと多くの人が「黒」と答える。 正解は黒ではなくて緑。「万緑叢中紅一点」という漢詩の一節がもとになっている。
家の庭の大物は4本。アキニレ、センダン、イヌシデ、エゴ。 庭に緑があふれて木漏れ日の中で暮らせることを目指して、せっせと誉めて伸ばしてきたが、 これ以上好き放題に伸びてしまうと管理のしようがなくなる。 危機感を持って枝下ろしを始めた。アキニレの大きめの 下枝を切ったら、長さが3メートル以上はあった。これを短く切って 捨てられるようにする作業だけて1時間以上かかった。 鋸を引き続けた腕には力が入らない。
久しぶりのカウントダウン。残り 111日。人事のことは、ぎりぎりまで はっきりしたことは言えないのだが、強く願えば夢はかなう(はず)。
難聴はだいぶおさまっているが、強いストレスを感じると、たちまちぶり返す。 一度ぶり返すと、その日は一日だめのようだ。 心を平らかに保つ修行が必要だ。
センダンの葉がずいぶん散って、実が目立つようになってきた (写真)。 アキニレは実ばかりが残っている (写真)。 フェンスにからまるツルウメモドキの黄色い果実が割れて、赤い種子が出てきた (写真)。 以上、庭の実シリーズ。
なんだか相変わらず綱渡り中。
あとで見つけやすいように、『地質ニュース』掲載の 「現代短歌のなかの地球科学」へのリンクを並べておこう。 プロローグ、 地質時代編、 変成岩編、 火成岩編、 堆積岩・鉱物編、 地質構造編、 名所編、 地軸、地電流、ゴンドワナ大陸。 こんな眼で短歌を掬い取ってくるおもしろさ。 たとえば変成岩が読み込まれた歌を集めるなんて、地質の専門家でないと 思いつかない視点だ。
前の週末に"ぶんず色"になった指は、骨に異常はなかったようで、痛みは引き、 見た目が悪い以外はほとんど支障がなくなった。 難聴はだいぶよいが、完全にすっきりとはいかず、薬を飲み続けている。 苦いイソバイドは一回 15ml。ビンでもらったので、ウォトカ用の小さなグラスに注いで、 ウォトカで乾杯するように一気に飲み干す。
落葉樹の葉はしだいに散っていく。残った紅葉・黄葉に行く秋を惜しむ。 あざやかな赤や黄色に染まらない葉にも風情はある。今日の写真はコナラ (写真)。
今年の夏に亡くなった歌人の河野裕子さんに、 「デボン紀の裸子植物のせしごとき浅き呼吸を恋ひつつ睡る」という歌がある。 デボン紀は、シダ植物が繁茂して森を作った石炭紀のひとつ前の時代だ。 このときに裸子植物はいたのかと思って調べたところ、前裸子植物と呼ばれるグループが デボン紀から石炭紀に生育していたようだ。
ネットで「デボン紀…」の歌を検索したとき、 産業技術総合研究所の地質調査総合センターで作っている「地質ニュース」の 「現代短歌のなかの地球科学」というコラムを見つけた。 「デボン紀…」が紹介されていたのは2001年9月の 地質時代編。執筆している産総研の森尻理恵さんは歌人でもあるようだ。