きのうの庭でのできごとを、言葉でうまく説明できるだろうか。日本語の練習だと思って 書いてみる。むかし教わった梃子(てこ)の支点、力点、作用点を思い出して読まれたい。
庭木を移植するため掘りあげるとき、株のそばにスコップを挿し、足で踏み込む。 それから柄の取っ手を押し下げると、スコップのブレード(面)の背が土に接するところが支点、 手で柄を押しているところが力点、ブレードの先が作用点となって、株が持ち上がる。 柄の取っ手を握った右手に体重をかけ、 数株めのドウダンツツジを掘りあげていた時、柄の中ほどに添えた左手が下がっていった先に、 枯れたサラサドウダンの切り株があった。 するとどうなるか。今度はブレードの先が支点、柄が切り株上の左手の指と接するところが 作用点となって、力点である取っ手に右手でかけた力は、左手の指を押しつぶすことに使われる。 というわけで、私の左手中指の第一関節は腫れあがり、爪は内出血で黒くなった。 見苦しいので、写真は載せない。
なお、福島の言葉では内出血の色を"ぶんず色"と呼ぶそうだ。
ウリカエデの紅葉(写真)。 重なり合った葉の陰がおもしろい。
苦いイソバイドの服用手順を確立した。まず少量の水で口を湿らせる。 水の皮膜を作っているつもりだが、効果のほどは不明だ。 その後、30ミリリットルのイソバイドを一気に飲む。 苦いからといって舌に触れないようになどと思うと、 喉の上方など余計なところが薬に接してヒリヒリする。かえってよくない。 飲み終えたらただちに水を口に含んで口内洗浄。それから、イソバイドと同様に食後30分に 服用する錠剤を水とともに飲み、さらに顆粒の薬を飲む。 ここまででかなり苦みは洗い落されている。 そのあと、家では 白くまアイスを一口かじる。これでほぼ完璧に苦みは払拭される。 もはや不快な後味の記憶は残らず、手際よく服用できたという一種の爽快感が残る。
とはいえ、薬を飲むこと自体が目的ではない。 問題は難聴と目眩いだ。さいわい、ここしばらく目眩いはない。 耳閉感も7割がた軽減した気がする。
晩秋は日が短いので、庭の植物が太陽の光を浴びている姿を見られるのは、 晴れた休日しかない。 今日はせっかくの機会なので、カメラを持って庭を歩く。 これまでなかなかきれいに色付かなかった庭のメグスリノキが、 今年はそこそこ赤くなっていた (写真)。 三出複葉(1枚の葉が3枚の小葉に分かれている)で、これでもカエデの仲間。
金曜日に耳鼻科に行ってめまいの話をしたところ、メニエール氏病の疑いもあるとのこと。 この病気の特効薬を1週間試してみることになった。 イソバイドという液状のもので、 医者に「飲みにくいですが…」と言われ、薬局でも「飲みにくいですけど、 冷やすとよいかも」と言われ、いったいどれほどのものかと思いつつ1回分を飲んだ。 ちょっと苦みはあるが、たいしたことないじゃないかと思ったところで、じわじわと 不快な苦みがしてきた。2回め以降は、この後味の記憶が飲む意欲を萎えさせる。 飲みにくいというより、飲みたくなくなる薬だ。さて、効果はあるだろうか。
今日の夕焼け (写真)。
職場の構内に、昨年度末(今年の3月)に植栽したイタヤカエデが紅葉している。 細かい葉脈まで見えるように撮ってみた (写真)。
きょうの紅葉写真は、職場の建物の屋上から撮った遠景 (写真)。 あと、先週撮ったイチョウの黄葉をもう一枚 (写真)。
耳閉感のその後。月曜の午後は両耳とも不調で、レースのカーテンで 外界と隔てられているような感じがもどかしい。 めんどうな書類は老眼で読めません、めんどうな話は難聴で聞こえません と言ってかわすのも一興か。 夜には、まっすぐ立っていられないようなめまいがきた。 本当に立っていられないか、ためしに閉眼片足立ちをしてみたら、 10秒ぐらい立っていられた。 よく分からない。火曜、水曜と、めまい、難聴とも少しはましになったようだ。
寒くなって、この秋はじめてフリースのベストを着た。ポケットに手をつっこんだら、 前の冬になくしたと思っていた腕時計が入っていた。ちゃんと動いているし、時刻もあっている。 だれも見なくても動き続ける、けなげな時計。
今日の紅葉はソメイヨシノ(写真)。
このページを載せているプロバイダから例年の更新の案内が来たので、さっそく更新した。 このプロバイダを使いはじめてはや10年。ページ作りを始めたのは20世紀の終りごろで、 足かけ2世紀。今から挑戦してできるものではあるまい。
1週間ほど前、急に両耳がふさがったような感じになった。耳閉感と呼ぶらしい。 それに加えて、周囲の音がビビン、ビビンと響くこともある。 数日たっても変化がない。難聴は早く治療しないと治りにくくなるというので、金曜日に 医者に行った。検査したところ、両耳とも低音域が聞こえていない。 ストレスが原因で起きることもよくあるが、心当たりはあるかと聞かれる。 それはもう昨日、今日にはじまったことではない。 ともあれ、薬をもらって飲みはじめたところ、翌日の夕方に右耳だけ開通した。 左はまだ閉鎖中だが、徐々に改善しているようだ。
右のみ開通した状態で、携帯電話をかけて呼び出し音を聞くと、右耳と左耳とで 音の高さが完全4度違った。複数の波長の音がまざっていて、左はその一部だけが聞こえる ためだろう。とてもおもしろいので人にも聞かせたくなったが、よく考えたらこの感動は 自分にしか分からないのでした。残念。
晴れた朝。イチョウの黄色い葉が光っている (写真)。 よく見ると、葉の基部はまだ緑が少し残っている。 以上、今日も寡黙な絵日記。
霧の朝は、ちょっとした木立にも深さが感じられて趣深い (写真)。
今日の紅葉写真は庭のナツハゼ (写真)。 ツツジ科で、ブルーベリーの仲間などと近縁。 高さ1.5 メートルたらずの低木の下にもぐりこんで、逆光で撮影した。
久しぶりのカウントダウン。5年任期も残り144日。ぴったり 12の二乗だ。 なんとなく縁起がよい気がする。明日になると残り143日で、これはちょうど 11 x 13 だ。 12の二乗の次が 11 x 13。一瞬すごいと思ったが、 (n - 1)(n + 1) = n x n - 1 だから当たり前か。 いずれにせよ 5年前よりも5年分だけ齢を重ねてしまったが、5年後と比べれば今は5年若いし、 10年後よりは10年若い。
先日、名古屋に出張中のおり、地下鉄を降りて歩いていたら、後ろの人が携帯で話しはじめた。 すぐそばなのでよく聞こえる。「けさ○○号室からチェックアウトした△△ですが、 部屋にノートパソコン忘れてないでしょうか…」 先日、カギの束を忘れてチェックアウトしたことを思い出し、自分だけではないなと 思ってちょっと安心した。
出張だったり雨だったりで、ゆっくり庭を歩く時間がしばらくなかった。 久しぶりによく晴れた休日なので、畑の手入れをした。 いつのまにか庭のすみでミヤコワスレが咲いていた (写真)。 木漏れ日を受けている感じがよい。 午後から職場に行く途中でモミジバフウの紅葉が太陽の光を受けていたので 自転車を止めて撮影した (写真)。車ではこうはいかない。
今朝は久しぶりの晴天で、青空が嬉しい。朝、まだ太陽が低いときには、背景は暗くて 植物だけが照らされている状況を見つけやすい。ふだんは背景から浮き立ちにくい 地味な植物を撮るチャンスだ。 チヂミザサの果穂が輝いているところを撮ってみた (写真)。
ショックなことに、3月に札幌である生態学会の大会期間5日間のどまんなかに、 どうしてもはずせない会議が2つ、つくばと東京であることが分かってしまった。 これでは講演は申し込めない。生態学の研究を始めて以来、 生態学会に参加しなかったのは、就職直後の公務員研修と重なったときと、 思うところあって敢えて行かなかった15年ほど前との2回だけだったし、 修士の学生だったころをのぞくと、参加したら必ず何か喋ってきた。 無念だ。