先日の雨で土が湿り、よく晴れて放射冷却で冷え込む朝は霜柱がしっかりとできるようになった (写真1、 写真2)。 太陽が昇り、光が当たり始めたところを狙うとキラキラとした写真が撮れる。 時間がたつと溶けてしまうのでタイミングの勝負だ。
ふと思いついたこと。自らの老いを歌った短歌はいろいろある。嘆いたり、諦めたり。
もの忘れまたうち忘れかくしつつ生命(いのち)をさへや明日は忘れむ (大田水穂『老蘇の森』)
ユーモアでくるむ歌も多い。
階段の昇りは膝に障(さわ)りなし「ワタシクダラナイヒト」降(くだ)り難儀す (宮 英子『西域更紗』)
のび盛り生意気盛り花盛り 老い盛りとぞ言わせたきもの (築地正子『みどりなりけり』)
新聞の短歌投稿欄を見ても、たいていそうした歌が混ざっている。 いっぽう、自らの成長を歌った短歌というのは少ない。とくに人生の初期。 はじめて二本の足で立って歩いたときの気持ちとか、はじめて言葉を発したときの気持ちとかを、 本人が歌うのはほぼ原理的に無理だ。きっと何かを感じてはいたのだろうが。 まったく記憶にないから、思い出して歌うこともできない。残念だ。
家の居間の窓越から庭の鳥がよく見える。 小さな鳥たちがきゅうに群れてやってきたと思ったらエナガ (写真)。 せわしなく動いて、すぐに飛び去ってしまった。 ヒヨドリは我が物顔にいろいろ食べたり飲んだり。 マンリョウの実をついばんだところが撮れた (写真)。 ガラス越しなので写真はすこしぼやけてしまうが、 家の中からの安楽バードウォッチング。
青空が戻ってきた。庭の植物も元気そうだ。 畑のすみっこではホトケノザが咲いている(写真)。 ジンチョウゲの蕾は少しずつ膨らんでいる(写真)。 スイセンはしばらく前から咲いているし、フキノトウは顔を出してきたし、春の気配がしてきた。
16日に腰を痛めてから1週間あまり。日常生活ではまったく痛みを感じることは なくなってきたので、久しぶりにジョギング。 走る前には入念にストレッチ。速度と距離を抑え、様子を伺いながら走ったがとくに痛みや違和感なし。 ありがたい。徐々にもとに戻していこう。
23日の昼から24日の昼まで久しぶりにしっかり雨が降った。総雨量が25.5ミリ。 かさかさしていた庭が全体に湿気を持った。 前回1ミリを超える雨が降ったのは去年の12月2日のことで、それ以降は0.5ミリか1ミリの 雨が数回降っただけだった。
雨があがった直後は水滴を撮るチャンスだ。 ヒュウガミズキの枝(写真)。 水滴にまわりの枝が写り込んでいる。
この冬はじめて乙戸沼に行ってみた。新しく作った遠近両用眼鏡をかけて初ドライブでもある。 よく見えること見えること。
乙戸沼には毎年コハクチョウがやってくる (写真) カモはもっぱらヒドリガモ (写真)。 緑の翼鏡が見えている。光の当たり具合で輝いて見えるのだが。 こちら(写真)だと、わずかに覗く緑が光っている。 常連だったオナガガモはごくわずかしかいない。 あとはオオバン (写真)。 なぜか群れて泳いでいる。 ユリカモメも多い。ときどき何羽もまとまって飛ぶ (写真)。
晴れた日は、いつも何枚か水面に反射する光を撮る (写真)。 切り取ることでより幻想的な絵になる。
家の居間で咲いたDinema polybulbon (写真)。 2センチ程度の小ぶりな花を咲かせるラン。
腰は回復中。まだ走るのは無理だが歩くことはできる。 きょうは風が強かったが、片道2キロたらず歩いて、白内障の手術後の眼に合わせて先々週に作った眼鏡を 受け取りにいった。両眼とも多少の乱視があり、これを補正してくれる遠近両用眼鏡をかけたら 遠くが申し訳ないほどくっきり見えた。これで鳥も見つけやすい。
昨夜の夢は、セミナーで話をするのだがボロボロだったというもの。 OHPのシート(といっても今は通じないかもしれない。透明シートに書いた資料を 投影して見せるもの)の中身がなんだか分からないもので、どう説明していいものやら 困惑しつつ、だらだらと喋り続け、終わって席にもどって自己嫌悪。これが夢であって くれたならと思うという夢だった。あとで夢だと分かってほっとした。 こんな夢は退職前にも何回か見たことがある。 人前で話をすることに、それほど苦手意識はなかったつもりだが、 それでもプレッシャーは感じていたのだろう。
おととい痛めた腰は、昨日の午前中がピーク、午後からははや回復の 兆しが見え始めた。きょうは体を支えなくても歩けるようになった。 調べたところ前回しっかり痛めたのは2018年の9月だった。これまでの トップ10には入るがトップ3ではない程度だったらしい。今回はかろうじて トップ10に入るかどうかといったところか。明日には家事に完全復帰したい。
居間の窓際に置いてある多肉植物たち (写真)。 サボテンの棘が午後の光を受けている。
先月、庭の水場に来たヒヨドリを載せた ( 写真)。 下の壺にはどんどんヒヨドリの糞がたまった (写真)。 その中には植物の種子がたくさん入っている (写真)。 なるほど、鳥は種子の運び手だ。 鳥にとって魅力がある場所にはどんどん種子が供給される。
よくあることだが腰を痛めた。翌日あたりが痛みのピーク、そのあとは 時間とともに回復していくはず。 腰をかばうことで 体のあちこちの筋肉を使う。これはこれで一種の筋トレかもしれない。 いかに痛みを回避しながら必要な動作をするか、 いろいろ考えながら動くのもおもしろい。 移動速度は通常の1/10程度。本日できあがりの眼鏡を受け取りにいくのは明後日ぐらいか。
家事は、ものすごく努力しても1割ぐらいの貢献しかできない。 連れ合いがこれみよがしにテキパキと動いているのがうらめしい。
庭のイヌシデの枝に午後の光が当たると密な毛が輝く(写真)。
昨日は数十人が密集してマスクなしで大声を出し続ける若年集団に遭遇してしまった。 このなかに感染者を一人混在させれば、非常に高効率の感染拡大システムになりそうだ。 人によってリスクの意識がずいぶん違うことを実感した。人は多様だ。 ともかく高齢者の入り口にいるこちらは重症化リスクが1ケタから2ケタ高いので早々に退散。
きょうもジョギング。1キロにせいぜい数人ぐらいしか人がいない広い歩道はとても心穏やかに走れる。
雪が降るはずだった昨日は霧雨程度。アメダスの記録では降水ゼロだった。 それでも湿度はあがり、今日は霧の朝となった。植物の葉にも霜がしっかりとおりた。 ブルーベリーの葉の縁に小さな氷の結晶が並んでいる (写真)。
昨夜の夢で、ジョギングしようと思って靴を探すが片一方しか見つからない。 場所はどこか旅先の宿のようだ。あちこちにいろいろな靴が散らばっているが、 どれも私のものではない。夢は日中の記憶の整理・定着のプロセスだと考えられているようだが、 いったいどんな記憶が整理されたのだろうか。
白内障の手術からはや3週間。 世界の立体構造が見えるありがたみを忘れないように。
今朝の最低気温は -8.2度。この冬一番の冷え込みだ。 そんな朝だからこその絵が撮れるのではないかとカメラを持って庭に出る。 大気は乾燥しているが、それでも畑の野菜の葉には霜がおりている (写真1、 写真2)。 アップで撮ると氷の結晶が見える (写真1、 写真2)。 朝日が当たると、結晶がぽろり、ぽろりと葉から落ちていく音が聞こえる。
感染者はどんどん増えている。 感染し、運び、人に感染させることで、人はウイルスを広める。 これらの確率を小さくする努力を重ねるしかない。 こんな日々が、1年後には思い出になっているのならよいが、どうなるだろうか。
あまりに乾いているので畑に水を撒いた。コウサイタイの花茎で 水滴が輝いていた(写真)。
ドウダンツツジは冬の姿もよい (写真)。
サンシュユのはがれた樹皮の写真も毎年撮ってしまう。逆光で橙色に輝いて美しい (写真1、 写真2、 写真3)。
午前中は雲も風もなくジョギング日和。ふだんは3キロ走って戻って往復6キロのところ、きょうは5キロを往復して10キロ走った。 去年の4月に走りはじめてからの最長距離だし、たぶん人生最長でもある。高校のころのマラソン大会のコースも7キロ余りだったし。 少しペースを遅くして循環器系の負担を減らして走ったが、脚はかなり疲れた。 それにしても、この年齢になっても自分の限界を広げていけるのはうれしいことだ。
2021年。例によって素因数分解してみる。ちいさい素数から順に割って試してみて、 割り切れる数がみつからないまま31ぐらいまできたころには2021は素数かなと思い始めたが、 43 で割り切れた。43 x 47 = 2021。こんなに大きな素数が最小の素因数だとは。前回、43 が最小の 素因数だったのは 43 x 43 = 1849で172年前。次の機会は 43 x 53 = 2279で258年後。 430年間のあいだに一度だけある、43が最小の素因数という年が今年だ。すごいぞ。
庭のロウバイ(写真)。 スイセンに似た香りを漂わせる。
早春に咲くマンサクは大量のつぼみを付けている (写真)。 近づいたところ (写真)。やがてここから黄色いリボン状の 花弁が溢れてくる。 去年は2月24日に載せていた(写真)。